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難民調査官の研修資料から考える難民認定手続のあり方①「難民認定(総論)」


ほぼ初投稿でマニアックな内容ですがご容赦ください。
今回取り上げたいのは難民認定手続についてです。

はじめに

入管問題をざっくり説明してしまうと、入管問題とは、在留資格を失った外国人(原則、自分の国に帰ることになります)が、帰れない事情を抱えていることに端を発する問題です。入管庁にはそうした事情への配慮が足りず、深刻な人権問題になっています。
私は月に2回ほど、在留資格を失い入管施設に収容された外国人と面会をしていましたが、彼らから聞く「帰れない事情」には、大きくわけて2つの理由があります。

1.家族が日本にいる。帰ると家族と離れ離れになってしまう。
2.帰ったら殺されるかもしれない、ひどい目にあうかもしれない。つまり難民。

もちろんこれ以外の理由もありえますが、大体はどちらかです。今回は難民認定手続がテーマですので、主に2の人たちのことを考えたいと思います。
そして、難民はすべて母国に帰さず受け入れましょうという内容の「難民条約」に加盟しているので、国には難民を受け入れる義務があります。

ところが、この条約は「難民」を受け入れなさいというものです。いくら当人が切実に主張しても「難民」と認定されなければ、その人を受け入れる義務はないということでもあるのです。
では、難民であるかどうかはどのように決まるのでしょうか。
それが、難民認定手続です。

難民認定手続に対する疑念

まず、日本の難民認定手続には問題があるのではないかと私は思っています。
その根拠をひとつお示しします。

難民支援協会HP(https://www.refugee.or.jp/refugee/japan_recog/)より

これは、難民認定者数と難民認定率の各国比較です。
難民認定率とは、難民申請者に対する難民認定者数の割合のことで、この年(令和4年)の日本の難民認定率はなんと2%。
各国と比べて、異常な数字だとわかると思います。

ただし、これはあくまで数字。「実際に、申請者のうち2%しか難民がいなかったのだ」と言われてしまえばそれまでです。
どのような基準で、どのような方法で難民認定手続を行なっているのかを明らかにした上で、問題点を指摘する必要があります。

情報公開制度を利用して入管庁に対して私が請求した「第一回新任難民調査官研修講義資料」等の資料を中心に、これまで読んだ本、入管ホームページなどの情報、国会での議論などを踏まえて考えていきたいと思います。

情報公開請求による資料は投稿済です。ぜひご参照ください。

難民認定手続の手順と難民審査参与員

難民当事者は難民申請というものを入管庁に対して提出することになります。この書類は、日本に在留する外国人なら誰でも提出することができます。

入管庁HP(https://www.moj.go.jp/isa/applications/procedures/nanmin_flow_00001.html)より

難民認定手続のプロセスは上記フローチャートの通りです。
今回特にに取り上げたいのは上から3つ目と4つ目「難民調査官による事実の調査」と「難民該当性の判断」の中身についてです。
が、その前に少しだけ、そのさらに下のチャートの「審査請求」「難民審査参与員による審理・意見の提出」についても触れておきたいと思います。

難民認定手続において入管が出した決定に不服を申し立てて審査請求というものを行うと、参与員という人たちが(基本は)3人ひと組で審査してくれます。
どういう人たちかというと、これも入管庁のホームページに載っています。

https://www.moj.go.jp/isa/publications/materials/nyuukokukanri08_00009.html

この参与員の一人、柳瀬房子氏が「難民を認定したいのにほとんど見つけることができない」と国会で発言し、この発言が2023年6月に成立した入管法改正の根拠とされていました。
ところが、あとで分かったことなのですが、この柳瀬房子さん。1年間で2000件もの案件を処理していました。これに関する報道はたくさんあるので省きますが、この数をこなすのは普通不可能だそうです。

https://www.tokyo-np.co.jp/article/265945

「臨時班」と呼ばれる班に所属する参与員が柳瀬さんのように異常な数の難民審査をこなしていたことがわかっています。この参与員の振り分けがどのようにして決まるのかは明らかになっていません。
この問題については、情報公開の資料をもとに私の見立てもありますので、頭の片隅に置いていただければなと思います。

難民認定手続への批判ロジック

さて、ようやく本題……と言いたいところですが、もう少しだけ。
前提知識として、現在の難民認定手続に関してよく指摘されている批判のいくつかを紹介したいと思います。

①難民の定義を極端に狭く解釈している


入管法(正式名称を出入国管理及び難民認定法といいます)の第2条三の二にはこうあります。

三の二 難民 難民の地位に関する条約(以下「難民条約」という。)第一条の規定又は難民の地位に関する議定書第一条の規定により難民条約の適用を受ける難民をいう。

https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=326CO0000000319

ごちゃごちゃ書いてありますが、ざっくり言ってしまうと、難民条約(難民の地位に関する条約とか難民の地位に関する議定書なんかをまとめてこう呼ぶことにします)に書いてあることに準じますよってことです。

では、難民条約にはなんと書いてあるのか。読んでみると、もっとごちゃごちゃ書いてあってよくわからない上に、地位に関する条約やら議定書やらと、とにかくわからない。そこでUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)のホームページの説明を引用してみましょう

950年UNHCR事務所規程、1951年難民条約、1967年難民議定書において、「難民」は、人種、宗教、国籍、政治的意見または特定の社会集団に属するという理由で、自国にいると迫害を受けるおそれがあるために他国に逃れ、国際的保護を必要とする人々と定義されています

https://www.unhcr.org/jp/what_is_refugee

入管庁としても、似たような定義を示しています。

難民とは、人種、宗教、国籍若しくは特定の社会 的集団の構成員であること又は政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがあ るという十分に理由のある恐怖を有するために、国籍国(無国籍者にあって は常居所国)の外にいる者であって、その国籍国の保護を受けることができ ないもの又はそのような恐怖を有するためにその国籍国の保護を受けること を望まないもの(無国籍者にあっては常居所国に帰ることができないもの又 はそのような恐怖を有するために当該常居所国に帰ることを望まないもの) (難民条約1条A(2))と定義される。

https://editor.note.com/notes/n07704352fc93/edit/

入管の解釈に沿ってまとめると、
①人種
②宗教
③国籍
④特定の社会的集団の構成員であること
⑤政治的意見
を理由に
❶迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有する」ために
❷「国籍国の外にいる者」であって、
❸「その国籍国の保護を受けることができない、またはそれを望まない者」
となります。

注意したいのは、挙げられている5つの理由の中に「戦争」が含まれていないことです。
だから日本政府はウクライナ「避難民」を受け入れているのであって、ウクライナから逃れてきた人を法的な意味での「難民」と捉えていません。
ウクライナ人は「国籍」を理由にロシア軍に迫害される十分に理由のある恐怖を有していおり、国籍国(この場合はウクライナ)の保護の保護を受けることができるかどうかも戦況次第で不安定でしょうから、難民と考えてもよいと私は思いますが。
日本がいかに厳格に難民を定義しているか、この一例でもご理解いただけるのではないかと思います。

②個別把握論

またまた難民支援協会のホームページからの引用となりますが、こういう事例が紹介されています。

*シリア出身・男性の事例

2012年来日、難民申請。罪のない子どもが殺される光景を目の当たりにして、アサド政権に対抗するデモに参加。しかし、国は「デモの最中に攻撃されるといった危険性があることは否定できないにしても、それはそのようなデモに参加した人一般の問題であって、異議申立人に固有の危険性ではない」という理由で難民不認定とした。つまり、難民とは個別に危険にさらされる人であり、デモに参加するシリア人は皆危険にさらされるため、難民ではないという判定であった。

*アフリカ出身・女性の事例

2009年に来日。裁判を経て、2016年の秋に難民認定。当初、国は「指導的な立場でないから」という理由で不認定とした。野党の仲間といた時に襲われ、流産したことを記す病院の診断書まで取り寄せ、証拠として提出したが認められず。最終的に名古屋高裁で、一般党員も逮捕されたり、暴行されたりしている出身国の人権状況を根拠に、「指導的な立場」でなくとも母国に帰れば命の危険があり「難民」であると判断され、勝訴した。これまでにない画期的な勝訴事例であった。

https://www.refugee.or.jp/refugee/japan_recog/
(難民支援協会HP)


例えば反政府的な言動を繰り返し行なった、デモに参加した、改宗をした、性的指向や性自認についてカミングアウトといったことで、政府ないし社会から迫害を受ける、その危険を強く感じることは十分にありえることです。また、ロヒンギャや、ウイグル、クルドなど、民族としての差別・迫害も無視できるものではありません。ところが、上記のシリア出身の男性の例では「異議申立人固有の危険性」ではないと断じています。
もっと「客観的な」証拠、例えばその人個人に対して逮捕状が出ている、政府内部の資料が出てきたといったことで、具体的な暴力が明らかになって初めて「政府から迫害される危険がある」と認定するということのようです。逆に言えばそのくらい「個別把握され、狙われて」いないかぎり難民と認めない論理のことを「個別把握論」と呼んでいます。

もちろん、どんな国のどんなデモであっても参加したといえば認めろというわけではありませんが、国の状況とデモの内容を照らした上で、場合によっては参加したことが事実であれば難民と認定して良いケースもあると思います。

また、ある地域ではある民族が迫害される可能性が高い地域の出身者などは、その人がその民族であるという証明だけで難民認定を行ってもいいケースは存在すると思います。

個別把握論は、難民の定義でいう「迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有する」かという点を非常に狭く解釈していて、「本当に」命が危険でなければ保護しないという考え方でもあるといえます。

③「灰色の利益」

(2)「疑わしきは申請者の利益に」の原則(灰色の利益)

203. 申請者がその主張を裏づけるために真に努力をしても、その供述のい くつかの部分について証拠が欠如することがあり得る。既にみたように (前述第 196 節を参照)、難民がその事案のすべてを「立証」できることは まれであって、もしこれを要求するとすれば難民の大半は認定を受けるこ とができないことになろう。それ故、申請者に「疑わしきは申請者の利益に」の原則(灰色の利益)を適用することが頻繁に必要になる。

204. しかしながら、「疑わしきは申請者の利益に」の原則(灰色の利益) は、すべての利用可能な資料が入手されて検討され、かつ、審査官が申請 者の一般的信憑性について納得したときに限り与えられるべきものであ る。申請者の供述は一貫していて自然なものでなくてはならず、一般的に 知られている事実に反するものであってはならない。

https://www.unhcr.org/jp/wp-content/uploads/sites/34/protect/HB_web.pdf
(UNHCR難民認定基準ハンドブックより54ページ)

UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)は難民認定の指針として「難民認定基準ハンドブック」というものを出しており、その中で「灰色の利益」というものが謳われています。
難民というのは出身国の政府から命を狙われているというのが一般的ですから、脱出も命懸けです。そんなときに例えば自分自身の身分証などを持っていると危険な場合もあり、場合によっては偽装パスポートなどでの出国を余儀なくされるでしょう。そのような人に「難民である客観的な証拠を出せ」というのは酷というものです。そこで、この灰色の利益、「疑わしきは申請者の利益に」です。
入管はこの原則を無視、あるいは軽視しているのではないか、という指摘もよく耳にします。

ところで、「疑わしきは申請者の利益に」。どこかで聞いた言葉です。
そう、「疑わしきは被告人の利益に」です。これは刑事裁判の原則です。
これは、立証責任は検察にあって「検察が犯罪を立証できない場合は無罪」という原則です。

では疑わしくても証拠不十分であれば難民と認定してもらえるかというと、そうでもないようです。というのは、刑事裁判であれば被告人に立証責任はありませんが、難民認定の場合は原則、申請者に立証責任があるとされています。これが引用の後半部分と関連してくるところです。
「すべての利用可能な資料が入手されて検討され、かつ、審査官が申請者の一般的信憑性について納得したときに限り与えられるべきもの」。
つまり、灰色の利益を与える条件として
①徹底的に調査したけれど、裏付け証拠が見つからなかったという状況
と、
②申請者の一般的信憑性 
というものが求められています。
これについても、情報公開請求で得た資料とともにもう一度考えたいと思います。

これで、難民認定手続についての問題意識はある程度共有できたのではないかと思います。今あげた批判・問題提起はどこまで的を射たものなのか、これから取り上げる「第一回新任難民調査官研修資料」を検討する際のモノサシとしてもらいたいと思います。

第一回新任難民調査官研修資料の検討

資料は全部で10個。
今回は、1個目の資料「難民認定(総論)」を深く見ていきたいと思います。

私の別の記事「情報公開請求」にアップロードしていますので、是非参照しながら見て下さい。

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