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友達の死が届けてくれたもの

昨日の朝、小学校〜高校までずっと一緒に遊んでいた友達とのグループLINEが何度も鳴った。
開くと、このグループのメンバーの1人が亡くなったとのお知らせだった。彼女とは小学生の頃からの同級生。 
お互いの結婚式にも呼び合った。しかも誕生日が一緒で、お互いに良い年にしようねーって大人になっても誕生日には連絡し合っていた。
いつも彼女から先に連絡が来ていた。最近は、2年前の同窓忘年会で会ったきりになっていた。今年は誰にも誕生日のメッセージをしなかったので、お互いの誕生日にも連絡していなかった。どうやら誕生日まで生きていることも大変だったみたい。昨年の8月に癌が見つかり、半年後に亡くなってしまった。彼女は学生時代の友達には誰にも連絡していなかった。

その夜、急遽オンラインでみんなが集まった。地方在住の友達と顔を合わせたのは何十年ぶりかわからないくらい久しぶりだった。みんなとても悲しんでいたけど、私は悲しみよりも「自分でこういう人生を計画してきたんだね、それを終えたんだね。お疲れ様でした。」という気持ちだった。

小学生から高校までの12年間、私の世界はこの仲間が中心だった。そして、大人になってからの私は全然違う世界にいる感覚だった。だからみんなに理解されないと勝手に思って、あまり自分の内面の話はしなかった。だからいつの間にか自分をどこかに置いて付き合っていた。ここ最近は、そんな自分が疲れるので少しお休みしていた。それが、突然このような形でみんなとまた顔を合わせて話すきっかけになった。

昨夜は楽しかった。
時を超えて学生時代のままだった。

みんな相変わらず素直で正直で優しく愉快な仲間のままだった。そしてみんなの話の端々にAmyのことはわかっている、という気持ちも伝わってくる。私自身も自分の今をそのまま伝えていた。「Amyは自分に素直だ」と言われた。きっとみんなは昔も今もずっと変わらずに接してくれていたと気づいた。そういえば「Amyはそういう人だよねー」とよく言われていた気がする。そのままの私をいつも承認してくれていた。とにかく愛が溢れていた。私だけがあれこれ思い込みや歪ませていたのだと思った。この仲間達の一人でよかったと思った。

表舞台に立つ(=自分の変容プロセスを伝えていく)と決めてから、周りが巡ってきている。お墓参りでみんなとまた再会するときは、そのままの、本来の自分でいればいい。
というパラレルワールドを選択する。

今回、死をもって彼女は私にこれを知らせてくれて、そしてまたみんなと繋がらせてくれた。感謝する。

ずっと降っていた雨があがり、天から地へ光の筋が雲間から何本も差していた。天に昇る魂もあれば、地上に降りていく魂もある。と見えた。

痛みのない、光の世界で良い人生だったと振り返りながらゆっくりして癒されて欲しい。
ありがとうね。






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