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私の網膜剥離物語・ミギ眼の巻

はじめに

私は両眼とも網膜剥離と診断され、両眼とも手術を受けました。ただ、手術は左右の眼で異なる病院で受けたので、いろいろ違いも発見できました。特に、ミギ眼は入院をせずに日帰り手術を受けましたので、このことについて書いてみました。

網膜剥離を治すには

網膜剥離を治すには、手術以外の方法はありません。手術をせずに放っておいたら、最終的には失明しますので、すぐに手術や入院が必要です。元の生活に戻るまでには、2週間から1か月程度かかります。その間、仕事や日常生活で、さまざまな制約を受けます。

ミギ眼が網膜剥離と診断されるまで

それは、またもや突然やってきました。2021年12月のことです。
ヒダリ眼が網膜剥離になってからまもなく1年を迎え、何とか日常生活を問題なく送れるようになっていました。
最初は装着に苦戦していたコンタクトレンズにもすっかり慣れ、車の運転もできるようになり、コロナ禍ではありますが、旅行にも行けるようになりました。
すでに、大学病院への通院は卒業していて、近くのクリニックで定期的に診てもらっていました。クリニックの先生とは、ざっくばらんにいろいろ話せるいい関係ができていました。
もう少し頑張れば、年末年始のお休みだね、というタイミングで、再び悪夢が襲ってきました。

ある日のこと、急に飛蚊症がひどくなりました。目を閉じると光の筋が見えるようになりました。これはやばいかも、と感じ、クリニックに駆け込みました。
「先生、ミギ眼だと思うのですが、飛蚊症がひどくなったんですけれど」
「さっき、視力検査をしたけれど、ミギ眼は全然見えてなかったから、何かありそうだね」
瞳孔を広げ、眼の中をじっくり診ていた先生が
「あっ、網膜剥離がありますね!」
「えーっ、またですか!」
その後も先生の診察は続きました。
「去年は、ヒダリでしたけれど、今回はミギですね」
「これは、緊急に手術ですね」
「また、入院、手術するのですか?」
「いや、実は…」
といっておもむろに1枚の資料を見せてくれました。
「最近、新しく眼科医が開業したのだけど、ここの先生がすごい先生だから、今回はここに紹介するから!」
「また、入院するのですか?」
「いや、ここの先生は日帰りで手術をするんだよ!」
「えっ? 日帰りですか?」
「それとも、また入院したい?」
「いやいや、このすごい先生のところにお願いします!」
「とにかく、ここの先生はすごい先生だから!」
いつもは穏やかな語り口の先生が、興奮気味に話されているので、今度の先生は只者ではなさそうだ、と感じました。
去年と同じように、段取りを整えてもらって、この日の診察は終わりました。

どれだけすごい先生なのだろう、と想像しながら、帰宅をして翌日に備えました。
そして、このすごい先生のものすごさを、翌日に体験することになりました。

手術の日

そして運命の日。
朝一番に行くように指示されていたのですが、到着した時点ですでに20人以上が、寒空の中で列を作っていました。受付開始前から列ができる先生とは、一体どんな先生なのだろう、と想像が膨らみます。
受付を済ませると、先に受け付けた皆さんより先に次々と検査で呼ばれます。スタッフの方が持っている資料入れを見ると「至急」の文字が。今日は優先的に扱ってもらえるようです。

そして、いよいよ「すごい先生」の診察です。
先生はとても早口で最初は何を言っているのか分からないこともありました。ですが、手術中や手術後にリスクや後遺症の可能性はあるが、これまで難しい手術を数多くこなしてきているから大丈夫、一緒に頑張ろう、と励ましてくれました。
手術は午後に行うことが決まり、それまで外出していいよ、ということになり、一緒に来てくれた妻と昼食をとりました。

指定された時間に戻ってみると、今日手術を受ける方が集合していました。今日手術を受ける方は、私を含めて12名で、私が今日の最後の手術を受ける人でした。私以外の皆さんは白内障の手術とのことでした。
上半身だけ手術着になり、その時を待ちましたが、皆さんの手術時間がとても早いのが驚きました。1人10分ペースで手術室の出入りがあり、次々に手術を終えた方が帰っていきます。

そして、いよいよ私の番がきました。手術室に入ると大型モニターがあり、近未来な印象を受ける部屋でした。
「じゃあ、これから始めるから、よろしくね」
「よろしくお願いします」
去年の恐怖体験の記憶が蘇る…、と覚悟を決めました。
手術が始まりました。先生や助手さんなど周囲の会話はよく聞こえるのですが、ミギ眼の中で何が行われているのかよく分からないまま時が流れていきます。
「気分はどう? ここまで順調だよ」
「えっ、本当ですか?」
「もう少しで終わるから、頑張ってね」
手術が再開しました。リラックスするための麻酔もかけてもらったので、ぼんやりとしたまま、時が流れていきます。
「よーし、終わったよ、頑張ったね」
時計を見たら、去年の半分の時間で手術が終わっていました。
「待合室で、30分ほど、強いうつ伏せね」
待合室のソファにうつ伏せになり、顔が地面と垂直の位置になるような姿勢で30分過ごしました。
そして会計を終え、妻の運転で帰宅しました。
家でもうつ伏せや下向きを求められましたが、入院するよりはマシだね、ということで、家でのうつ伏せや下向きをがんばりました。

手術翌日から1週間後まで

日帰り手術の場合、毎日通院するのが大変です。しかも、すごい先生に診てもらいたい、ということで全国から患者さんが来ているので、毎日の通院が一苦労でした。
ヒダリ眼の時と同じように、最初の数日は何も見えず、不安な日々を過ごしましたが、1週間経つと、少しずつ見えるようになってきました。
とりあえず手術後の状態が落ち着いてきたので、すごい先生のところへの通院は終了となり、いつものクリニックへ戻ることになりました。

今回お世話になった「すごい先生」ですが、とても有名な眼科の専門病院で活躍したこともあるとのことです。著書も出されたり、雑誌などの取材も受けられたそうです。全国から患者さんが来るそうで、まさに「スーパードクター」でした。

クリニックに戻ってから

クリニックに逆紹介されて最初の診察の日は「すごい先生」のところから戻ってきたということで、「あの先生どうだった?」「あの先生すごかったでしょ?」と検査のスタッフさんから質問攻めにあいました。
先生の診察も「あの先生どうでしたか?」から始まりました。
その後も定期的に検査は続いていますが、順調です。

おわりに

またまた、長文になってしましました。私の人生の中で「再び、ものすごい体験」をしたので、記録に残しておこうと考え、書いてみました。実は、はじめにも書きましたが、両眼とも網膜剥離になったので、ヒダリ眼の体験談もあります。こちらは、別の記事でまとめることにします。
網膜剥離は、手術後長期間にわたって付き合っていかなければいけない病です。手術したらそれでOK、ではない苦しみがあります。このことについては、別の記事でまとめることにします。お読みいただき、ありがとうございました。

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