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光るうどん
最初に言っておくけど、本当に光るわけではないです。
冬の午後の柔らかな日差しにうどんが照らされて、お汁や面がキラキラと輝いていた。
だからそう書きました。
月明かりに照らされて云々と言っているときに「それは太陽光が反射してるだけで、あたかも月そのものが光ってるように見えるんだよ」なんて、言われなくても分かっているのと同じですよね。
それなら「輝くうどん」とか「艶やかなうどん」とか言ったらどうだ?
その方が伝わりやすい。
何の話やねん。
今日のお昼はうどんを食べた。
午後一時半くらいだったので店も空いており、おかげで店内にはゆったりとした田舎のうどん屋らしい雰囲気が漂っていた。かけうどん(中)を注文すると、店員さんが
「もうすぐで新しいのが湯で上がるんで、少々おまち下さいねー」
そう言った。
その言葉を聞いただけで僕の心は特をした気持ちになる。
なんと言ってもうどんは湯がきたてが一番うまい。
釜から上がってきたうどんはまだフヤフヤの状態で、通常ならそれを冷水で1度しめてから食べる。それはかけうどん、ぶっかけうどん、などになる。
冷水でしめずにフンワリ感を楽しむ食べ方もあり、釜揚げとか釜玉などがそれにあたる。
釜揚げや釜玉はフンワリしているが、麺そのもの味を楽しめる食べ方なのだ。
そんじゃ冷水でしめてしまったら出来たての意味ないじゃん?
と思うかもしれないが、麺は水でしめると讃岐うどん独特の強いコシが強調され、出来たてならこの中にモチモチとした食感もある。
なので、出来立てのうどんは変幻自在のベストコンデイションで、どちらに転んでも僕の舌を楽しませてくれるゴールデンタイム状態なのだ。
「今、新しいのあがるんで」
うどん好きが店員から言われて一番うれしい言葉かもしれない。
いざ、目の前に運ばれてきたうどんはとても綺麗だった。
いりこの旨味が凝縮した出汁の中に綺麗に整列したうどんが心地よさそうに沈んでいる。
そこから立ち上がる湯気は太陽の光に照らされてチラチラと揺れている。
ふんわりと美味しそうな香りが漂う。
そこに薬味ネギと天カスを少々加える。
ネギと天かすが好きな僕はどかっとぶちこみたいところだが、今日は耐える。
なんせ魔法の言葉を店員からかけられている。
カウンター席に座り深呼吸一つくらいの間、器を眺める。
…美しい
だが、こんな事はいつまでもやっていられない。せっかくの出来立てだ。
まずはお出汁からいただく。
見た目とは想像がつかないほどパンチの効いた出汁だ。
パンチと言ってもけっして塩が効いてるわけではない。
イリコの旨味だ。
イリコの衝撃だ。
イリコパンチだ。
イリコパンチか…
ポテトチップスイリコパンチ味
か
なかなか良いかもしれない。
いやいや。
もう一度、出汁を頬張る。
鼻から出汁の香りをフゥーっとはきだし、割り箸を手にとって割った。
ちょうど一口ですすれるくらいの麺の束を箸でまとめたら、1度上にあげて空気にくぐらす。箸で持っただけでわかる。
麺の弾力が伝わってくる。
もう一度出汁に浸したら、器と顔を近づけて、うどんを口に運ぶ。
麺と箸が下唇に接触したあたりで一気に麺をすすり上げる。
あまり音は立てない。
ツルツルしているので蕎麦みたいにはならない。
しっかり歯応えのある麺だ。
出汁も絡み付いているので、絶妙にマッチしている。
モチモチとツルツルの食感がたまらない。
ツルツルした表目に出汁という潤滑液が加わり、口の中で麺が踊る。
歯で噛み砕いた麺は弾性を生かして左右に弾ける。
麺と出汁と唾液は口のなかで見事に調和し、まだ細かく砕かれてもいないのにスルスルと喉を通って流れていく。
麺の長さがまだある状態で飲み込むと、さらに麺の艶を感じることができる。
喉ごしと言うやつだ。
続いて二口目、三口目とテンポよく麺をすすっていく。
やはり出来立ては麺の美味さが違う。
そろそろネギさんの出番だ。
あえて端の方でスタンバイしてもらっていたには訳がある。
ネギさんは知ってのとおり匂いがきつい。
場合によってはうどんの邪魔にもなりかねない。
だが、食べるタイミングを間違わなければその味わいを存分に生かすことができる。
今回は成功。
イリコ出汁にネギのパンチが合わさって鼻の奥をくすぐる。
もっと寒くなればどんどん甘くなるので、これからの時期が楽しみだ。
次に、スタンバイしてもらっていたもう一方に登場してもらう。
天カスだ
いや、天カス先生だ。
そう呼ばせてもらっている。
先生は僕に新しい世界を見せてくれた恩人でもある。
先生は食べ物に新しい命を吹き込む。
たこ焼きやお好み焼き
焼きそばにも、お蕎麦にも
見事に濃厚さをプラスしてくれるのだ。
そんな先生がイリコパンチとネギカッターと合わさってみろ…
長州力がリキラリアットを食らわしたあとに、若き日の武藤敬司がシャイニングウィザードを決めて、中西学にアルゼンチンバックブリーカーをやられるくらい凄い。
そんなうどんを食べている僕の箸はもつ止まらなかった。
だし汁を半分以上飲んでしまうまでノンストップで走り続けたのだった。
我を取り戻した僕は「フゥー」っとイリコの香りを吹き出して、店屋の窓ガラスから晴れ渡る冬の青空を見上げた。
今年の師走は忘年会もなく、何処かへ遠出することもないだろう。
あまりバタバタしない年末になるかもしれない。
まぁ、そんな年末も良いだろう。
一年をゆっくり振り替える良い機会なのかもしれない。
そんなことを考えながら、返却口に器を返してそそくさと店を後にするのであった。
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