遅いインターネットロゴ_横長_

「遅いインターネット(先行公開)」#6民主主義を半分諦めることで、守る(後編)

その結果として世界はいま、まるでグローバル資本主義のプレイヤーである新しい「境界のない世界」の「Anywhere」な住人たちと、ローカルな国民国家の市民として生きる旧い「境界のある」「Somewhere」な世界の住人に二分されているかのように見えている。だがそれは錯覚だ。実のところ既に境界は半ば(つまり経済のレベルでは)取り払われている。そしてだからこそ壁を求める人々が増殖している。21世紀の今日の世界で相対的に没落しつつあるのは戦後西側諸国の中流層たちだ。彼らの安定は旧第三世界からの搾取の産物であった。だが「境界のない世界」はこの構造を破壊しつつある。だからこそ彼らは「壁を作れ」と訴えるトランプを支持し、「線を引き直す」ブレグジットを選択することで、あたらしい「境界のない世界」に対抗しようとしているのだ。

■2016年の敗北

 それはあたらしい「境界のない世界」の住人たちからすれば愚かな選択なのかもしれない。たとえば彼らはしたり顔でこう述べるだろう。当然のことだけれども「壁」をつくることで、本当にラストベルトの自動車工たちの生活が上向くという保証はどこにもない。むしろあたらしい「境界のない」世界に開かれることではじめて現代における経済成長は可能となり、増えたパイを分け与える余地も生まれるのではないか、と。いま必要なのは、むしろあたらしい「境界のない世界」のもたらす圧倒的な成長とそれに対応したあたらしい再分配の仕組みなのだ、と。
 だが、おそらくこのような彼らの「賢く」「正しい」言説は機能しない。それどころか、彼らのこの「語り口」こそが民主主義というゲームにおけるトランプ的なものの勝利を約束しているのだ。
 ここで語られているのはあたらしい「境界のない世界」を生きる彼らが、旧い「境界のある世界」に取り残された人々に施しを与えるという筋書きだ。
 このときあたらしい世界の住人たち(グローバルな資本主義のプレイヤー)たちは、無意識のうちにこう述べてしまっている。君たち(ローカルな民主主義のプレイヤー)はもはや世界に素手で触れることはできないのだ、と。世界に革新をもたらし、人類を前に進め、パイそのものを増やすことができるのは自分たちのあたらしいビジネスとテクノロジーであり、民主主義によって国家を操縦し、適切な再分配を求めることは(必要なことかもしれないが)副次的な問題に過ぎないのだ、と。あたらしい世界、「境界のない世界」に生きる自分たちはもはや民主主義のような旧い世界のシステムを必要としていないのだと。この主張が、民主主義というゲーム上で支持されることが果たしてありえるだろうか?

『遅いインターネット』(幻冬舎)2月20日発売予定!
インターネットによって失った未来をインターネットによって取り戻す――
インターネットは世の中の「速度」を決定的に上げました。しかしその弊害がさまざまな場面で現出しています。世界の分断、排外主義の台頭、そしてポピュリズムによる民主主義の暴走は、「速すぎるインターネット」がもたらすそれの典型例です。インターネットによって本来辿り着くべきだった未来を取り戻すには今何が必要なのか、提言します。


ここから先は

2,273字

¥ 500

僕と僕のメディア「PLANETS」は読者のみなさんの直接的なサポートで支えられています。このノートもそのうちの一つです。面白かったなと思ってくれた分だけサポートしてもらえるとより長く、続けられるしそれ以上にちゃんと読者に届いているんだなと思えて、なんというかやる気がでます。