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『ラストマイル』と「仕事」の問題

秋田のマタギ取材の旅行記は1回お休みして、今日は別のことを書きたい。

週末に、早速『ラストマイル』を観てきた。後日座談会も企画しているのだが、今日はこの映画について観終わってすぐに考えたことをまとめようと思う。

そして結論から述べれば、この作品は国内のエンターテインメント史的に重要な作品になるのではないかと思う。もっと言ってしまえば、今後は「それは2024年に『ラストマイル』が通過した地点だ」といった物言いが成立してしまうだろうと思う。もちろん、その試みがすべて成功しているとは思わないが、このレベルのものが国内でつくれてしまうことを証明した意味は大きいだろう。

具体的にどういうことか。戦後日本の置かれた特殊な政治状況と、80年代以降顕著になった「政治的なもの」への忌避は、ポリティカル・フィクションの代替物としてのパニック映画を発展させてきた。そして『ラストマイル』は、その最新形として、しかも大きなアップデートに成功した作品として位置付けられるだろう。

具体的には『機動警察パトレイバー ​​the Movie』(1989)あたりからはじまり、平成「ガメラ」シリーズ、『踊る大捜査線』など(福田和代の仕事などをここに加えてもよいだろう)を経由して発展してきた(そして『シン・ゴジラ』で政治的なものに回帰する動きも見せた)社会派パニック映画のノウハウの令和的なアップデート版を、『ラストマイル』は示したと言えるのだ。

《こんどの映画でやりたいことを一言で言えば、時代性。今の時代に自分が何を考えているのかを、多少なりとも込めたい。(略)僕は東京で生まれて東京で育った人間なんだけど、子供の頃から見てきたイメージからすると、この街はもう引き返し不可能点に来ている。膨れ上がるだけ膨れ上がって、パンクするしかない。実際に都市で生活している若い人にはそういうことがよく判っているはずなんだ。
実際、人間というのは、どんどん変わっていく風景には馴染まない。今の東京は形態がどんどん変わるのがウリなんです。都市の変化のスピードに自分の感覚が遅れてしまうことの恐怖。それが彼らの中に蔓延しているんです。
でも、東京をこんな街に作り上げてしまったのは僕達の世代なんです。そういう意味で原罪を背負っている。それにどうオトシマエをつけるかということ。それは単純に「壊れてしまえ」というヒステリックな表現じゃなく、もう少し他の抵抗の仕方。今の都市環境とかコンピュータ・システムと、どう対応して生きていくかっていうこと。》

「アニメージュ」89年6月号より

これは押井守の当時のインタビューだ。要するに当時新左翼の高校生活動家だった押井守が、38歳になって「別の方法で」日本の消費社会(というか、バブルという「時代」)に挑戦したのが『機動警察パトレイバー ​​the Movie』なのだ。この映画については僕の書いた『母性のディストピア』を参照してもらうとして、『ラストマイル』につながるポイントは以下の3点だ。まずはそれが大文字の「政治」から距離を置くーーつまり「国家」や「歴史」を直接的に問わないーーことを選択した間接的なアプローチであること、そしてそのために等身大の「現場」の人々の物語となること、最後に彼らの所属する(多くの場合「日本的な」)組織の体質の問題が物語を駆動することだ。

以下、ネタバレをためらわずに論じるが、こうして考えたときこの『ラストマイル』はこの国のエンターテインメントがジャンル越境的に育んできた、ポリティカル・フィクションと職業ドラマの混合物ともいうべきもの(個人的には、こうした「等身大の」職業人の物語こそが今日においてはポリティカル・フィクションとして有効だと考えるが……)を大きくアップデートしていることが分かる。

たとえば本作の背景にあるのはグローバルな情報プラットフォームの問題だ。この映画にはAmazonをモデルにしたECプラットフォーム企業が登場するが、世界の流通の何割かを実質的に担っているAmazonがそうであるように、もはや情報プラットフォームはサイバースペースのみならず、この社会そのもののインフラだ。そこで働く労働者の「疎外」の問題がこの映画の中核にある。

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僕はもはやFacebookやTwitterは意見を表明する場所としては相応しくないと考えています。日々考えていることを、半分だけ閉じたこうした場所で発信していけたらと思っています。

宇野常寛がこっそりはじめたひとりマガジン。社会時評と文化批評、あと個人的に日々のことを綴ったエッセイを書いていきます。いま書いている本の草…

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