山の手

「感染しない」インターネット

 昨晩にあたらしいウェブマガジン「遅いインターネット」をオープンした。オープンにあたってのことは、この記事この記事を読んでもらいたいのだけど、昨日は実のところコロナウイルスの流行の問題に、企業としてどう対応するかという問題に忙殺された1日だった。

 知っている人も多いと思うけれどコロナウイルスによる新型肺炎の流行で、この数日である程度の規模のイベントは中止や延期が相次いでいる。僕個人としては「自粛」ムードが独り歩きしていると感じるところもあるけれど、リスクを高めに見積もっておいたほうがいい局面だという意見もよくわかる。実際に僕が関わっているいくつかのイベントが早々に中止になってしまい、これは僕たちPLANETSも何らかの態度表明をしないといけな、と思った。

 正直に言うと、泣きたくなるような気持ちだった。僕たちは、この3月から有楽町のSAAIという新しくできたコワーキングスペースで、週に1度毎週火曜日の夜にイベントすることになっていた。「遅いインターネット会議」と名付けたこのシリーズは週に1度、それも平日の夜に仕事帰りにタイムラインから距離をおいた学びの時間を提供できればいいなと思って考えたものだった。登壇者には、僕が個人的にこの人から「学びたい」と思える人にお願いして、僕自身が受講生として質問しながら進めていく形式を考えている。要するにこのイベントは「遅いインターネット」のウェブマガジンと本とならぶ、第三の矢というか、僕の隠し玉というか、切り札だったのだ。
 そして商業的にもこれは2020年のPLANETSにとってはちょっとした勝負企画で、そして発表と同時に反響が大きく(これは基本的にPLANETS CLUBのメンバーを対象にしたイベントで、メンバーは無料で参加と動画視聴ができるのだけど、実は外部の人向けに売っていたチケットが結構売れていた)密かに手応えを感じていたのだけれど、ここに来て何の対応策もなくしれっとイベントを開催するのは難しくなった。

 結論から述べると、僕たちは当面すべてのイベントをインターネット放送に置きかえることにした(いま、関係各所との調整中だ)。普通に開催するのはリスクが高いけれど、自粛ムードに流されるのもバカバカしい。その結果として僕たちはその中間を選んだ。すでにチケットを買ってくれた人には、生放送の動画を視聴できる権利を付与することにした。それだけだと申し訳ないので、今後のPLANETSのイベントに参加できるチケットを追加で渡す予定だ。正直、商売のことを考えるとしんどいし、それ以上にずっとこの3月に照準を合わせて準備してきたことなので、悔しい気持ちもある。イベントから生放送に変更することで、膨大な事務処理や構成や演出の見直しも必要になる。肺炎の流行が沈静化すればもう一度イベントに切り替えようと思っているけれど、正直どうなるかわからないし、この時点で希望的な観測は意味がないと思う。でもはっきり言って、悔しい。

 要するに、実のところ僕はこの週末から昨日にかけてものすごく落ち込んでいたのだ。誰が悪いわけでもない、仕方のないことだと自分に言い聞かせていたけれど、なかなか気持ちを切り替えることができなかった。昨日は僕が2年間ずっと準備していたあたらしいメディアのオープンの日で、普通に考えれば僕にとって記念すべき出発の日だったのだけれど、僕はひどく落ち込んでいたのだ。

 でも、夜になって、ウェブマガジンのオープンの告知をして、そしてもう一度念のためにチェックしておこうと「遅いインターネット」のウェブマガジン掲載した3つの記事ーー僕の書いた「遅いインターネット宣言2020」と西野亮廣さん、家入一真さんとの対談を読み返していて、ふと思ったのだ。変な話なのだけど、これでいいんじゃないか」と。
 そもそも「遅いインターネット」とはタイムラインの潮目からちょっと距離をおいて、自分のペースで考える時間を持とう、という運動だ。だからこの運動の一環である「遅いインターネット会議」も鳴り物入りでオープンして、どかっとお客を呼ぶんじゃなくて、こうやってひっそりとはじまるくらいでいいんじゃないか、と西野さんや家入さんや、そして僕自身の言葉を読み返していて思ったのだ。
 あたらしくオープンするスペースにみんなで盛り上がろう、というよりも「ほんとうはイベントにしたかったかれど、肺炎収まるまでは生配信するから家でじっくり話聞こうぜ」くらいの感覚ではじまるほうが、もしかしたら「らしい」のかもしれない。これはじっくり攻めてこうというコンセプトを忘れちゃいけないよと、言われているような気がしたのだ。僕たちは一瞬で世界中の人たちに感染するウイルスの側ではなくて、むしろウイルスに抗う身体をゆっくり鍛えていく側じゃないといけないのだ。そしてそのほうが結果的には5年後、10年後にはたくさんの豊かなものを残すことができる。僕たちはウイルスであってはいけない。ウイルス的であってはいけない。僕はそう自分に言い聞かせて、この文章を書いている。


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〈最近、こんなことをやります/やりました〉

◎メールマガジン Daily PLANETS

◎PLANETS School
次回は2/20(木)

◎遅いインターネット会議
3/3(火)佐渡島庸平×箕輪厚介「2020年代の文化地図とクリエイティブの条件」

3/10(火)開沼博×福嶋亮大「10回目の3.11の前の日に「復興」とは何かを問い直す」

3/17(火)宇野常寛 PLANETS School「ネタの選び方と企画論」

3/24(火)安宅和人「シン・ニホンから風の谷へ」

◎生放送の予定
2/19(水)19:30〜 
「遅いインターネット」販売戦略会議 宇野常寛×箕輪厚介

2/25(火)20:00〜
PLANETS the BLUEPRINT
森下信雄×宇野常寛「『宝塚』から日本の芸能を考える」


僕と僕のメディア「PLANETS」は読者のみなさんの直接的なサポートで支えられています。このノートもそのうちの一つです。面白かったなと思ってくれた分だけサポートしてもらえるとより長く、続けられるしそれ以上にちゃんと読者に届いているんだなと思えて、なんというかやる気がでます。