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記憶・神話・イメージ | 大見崇晴『イメージの世界へ 村上春樹と三島由紀夫』

今朝のメルマガでは大見崇晴さんの新連載『イメージの世界へ 村上春樹と三島由紀夫』第5回をお届けします。T・S・エリオット、ハート・クレインらに代表される〈日常の神話化〉から、高度資本主義社会における〈固有名の記号化〉へ。村上春樹の〈イメージの文学〉はいかにして出現したのか。その文学史的な必然を論じます。

大見崇晴『イメージの世界へ 村上春樹と三島由紀夫』
第5回 記憶・神話・イメージ

 村上春樹が自己を投影した語り手を小説に用いることが多い作家であると例証できたとしよう。それでは村上春樹作品中の記憶――そして記憶には付き物である名詞――に議論を戻す。
 ここで取り上げるのは「カティーサーク」である。「カティーサーク」は世界的に有名なイギリスのスコッチ・ウィスキーである。一九二三年に開発されてから世界中で呑まれている。村上作品にも何度も登場するこのウィスキーのために村上春樹は詩を捧げている。

カティーサーク
カティーサークと
何度も口の中でくりかえしていると
それはある瞬間から
カティーサークでなくなってしまうような
気がすることがある
それはもう緑のびんに入った
英国のウィスキーではなく
実体を失った
ちょうど夢のしっぽみたいな形の
もとカティーサークという
ただのことばの響きでしかない
そんなただのことばの響きの中に氷を入れて飲むと
おいしいよ
(村上春樹・安西水丸『象工場のハッピーエンド』所収「カティーサーク自身のための広告)

 世界文学史的には「カティーサーク」の名前が登場した、もしくは重要なものとして取り扱われたのは、「カティーサーク」がブランドとして広まって間もなく詠まれたハート・クレインの詩『橋』(一九三〇)によってだろう。二十世紀前半のアメリカを代表する詩における橋とは、クレインが居住したニューヨークにあるブルックリン橋(当時にして橋としては最長であり、二十世紀アメリカの繁栄を象徴した)であり、「カティーサーク」はクレインが愛飲していたウィスキーだった。

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