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JR浅草橋駅から浅草橋問屋街、国際通り、大江戸線蔵前駅まで|白土晴一

リサーチャー・白土晴一さんが、心のおもむくまま東京の街を歩き回る連載「東京そぞろ歩き」。今回歩いたのは、JR総武線の浅草橋駅から蔵前にかけてのエリア。多くの人が“浅草”と間違えて彷徨う「浅草橋トラップ」にあえて嵌まりながら、歴史ある日本有数の雑貨問屋街の周辺に垣間見える、昔ながらの街並みと現代的なセンスの再活用のおもしろさを堪能してきました。

白土晴一 東京そぞろ歩き
第5回 JR浅草橋駅から 浅草橋問屋街、国際通り、大江戸線蔵前駅まで

 JR総武線浅草橋駅あたりを歩いていると、しばしばトラップに掛かっている人を見かけることがある。
 このトラップのことを、私は勝手に「浅草橋トラップ」と呼んでいる。
 浅草橋駅前でキョロキョロあたりを見渡している人から、「すいません。雷門はどっちでしょうか?」と尋ねられたら、その人は間違いなくこの「浅草橋トラップ」に掛かってしまっている。
 人力車が走り仲見世が軒を連ねる浅草寺周辺をイメージして、JR浅草橋駅を降りた人はあまり観光地に見えない駅前の風景に面食うだろう。
 こういう人に「ここから雷門だと結構歩きますよ。タクシーか地下鉄で行った方がいいです」と教えてあげると、驚いた後に複雑な表情を浮かべる。
 東京の地理に詳しくない人に説明すると、JR浅草橋駅と観光地である浅草寺の雷門は、直線だと1,7kmほど離れている。地下鉄の駅だと二駅ほど先で、ここまで離れていると、まったく違う場所と言っていい。
 本来、浅草は台東区の東半分を占める浅草地区全体を指す地名である。しかし、浅草と言われれば浅草寺周辺の観光エリアのイメージが強すぎて、浅草という地名が駅名に付いているので、雷門は近いはずという思い込みで浅草橋駅に降りてしまうのだろう。
 東京に住んでいても、このトラップに掛かってしまう人がいるらしいので、浅草がRPGダンジョンだとしたら、冒険者はまずこの浅草橋のトラップを十分警戒しなければならない。

 そんな訳で、今回はあえてこの「浅草橋トラップ」に自ら嵌って、JR総武線浅草橋駅に降りてみることに……、いや、その前に駅の構内をじっくり観察することに。
 古い鉄道の駅の構造体などにレールを再利用したものを見かけることがよくあると思う。ここ浅草橋駅の上家(雨露よけの屋根をかけた簡単な建物)もそうなのだが、この古いレールで作られたアーチは都内屈指の美しさを誇ると思う。

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 レールを材料にした構造体はまだ各地に残っているが、ずいぶん建て替えられて姿を消しつつある。こうした屋根を支えるアーチまでレールというのは珍しいので保存を望むが、いずれは姿を消す可能性もあるので、ぜひその目で。
 しかも、この古いレールに記された製造した会社を確認すると、もう少し面白いことに気づく。

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 これらの古いレールは、ドイツのクルップ社、同じくドイツのウニオン社、そしてイギリスのキャメル・シェフィールド社、いずれも19世紀から世界中に輸出されたヨーロッパ製レールであることが分かる。
 明治時代の日本は急激に鉄道を導入したが、国産レールが開発されるまではこうしたヨーロッパ産レールを輸入しており、浅草橋駅はこうした19世紀ヨーロッパ工業国のレールを再利用して作られているのだ。
 総武線は東京から明治時代に東京本所(現墨田区。のちに両国まで延伸)から千葉県各所を結ぶ武総鉄道と総州鉄道が合併し(両社の頭文字を取って総武)、その後国有化された路線。この路線が関東大震災の復興からさらに万世橋駅まで延伸されたのに伴い、昭和7年に急遽建設開業したのが、この浅草橋駅である。
 震災の復興中で資材節約などを鑑みながら建設されたので、その時点で効率的に利用できる明治時代の古いレールを建設に流用したのだろう。浅草橋駅でヨーロッパの産業革命の匂いを嗅ぐのも悪くない。
 プラットフォームだけで、19世紀のヨーロッパ産業革命と日本鉄道の近代化と震災復興の歴史を感じさせてくれる。浅草橋駅は侮れない駅である。

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