男と食 7 | 井上敏樹
平成仮面ライダーシリーズなどでおなじみ、脚本家・井上敏樹先生のエッセイ『男と×××』。「大人になったら鮨屋のカウンターで、好きなネタを好きなだけ食ってやろう」と心に決めた小学生の敏樹少年。大学生になって、初めての原稿料を手に高級店へ入った敏樹先生を襲った、衝撃的な事件とは……?
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脚本家・井上敏樹エッセイ『男と×××』第36回
男 と 食 7 井上敏樹
子供の頃、鮨と言えば出前だった。それも、家族の誰かの誕生日とか、母が異常に機嫌がいいとか、特別な日に限られていた。わが家では、必ず一緒盛りで鮨を頼んだ。すると、大桶に色々なネタが盛り込まれる。三人前で頼んでも、中トロが二貫、その代わり赤貝が一貫、といった案配である。そこが、楽しかった。出前が届くと、私と弟と母でジャンケンをする。そうして勝った者から順番に好きな鮨を選ぶのである。初めてカウンターで食べたのは、私が小学生の頃、父が何かの気まぐれで連れて行ってくれた時だ。父は普段家にいなかったから、罪滅ぼしのつもりだったのかもしれない。そこは出前を取る際にいつも使う店で、まあ、町場の普通の店だった。今でも鮮明に覚えているのは店のテレビでサリドマイド児の特集をやっていて、父が『食欲がなくなる番組だ』と言ったのに、店の者は誰もチャンネルを変えなかった事だ。その程度の店だった。とは言え、当時の私はカウンターで鮨を食うという事にわくわくしていた。大人になった気分だった。ガラスのケースで様々なネタが光っている。
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