男と食 6 | 井上敏樹
平成仮面ライダーシリーズなどでおなじみ、脚本家・井上敏樹先生のエッセイ『男と×××』。食通で知られる敏樹先生が今回選んだテーマは「河豚」。河豚の名店から意外な味わい方まで、あらゆる角度から語ります。
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脚本家・井上敏樹エッセイ『男と×××』第35回
男 と 食 6 井上敏樹
前回、冬と言えばジビエである、と書いたが、もうひとつー冬と言えば河豚である。私に言わせれば河豚ほど日本的で不思議な食べ物はない。あれほどの猛毒を持ちながら、その身は格調高く玄妙だ。だが、河豚は松茸と並んで、その名前で食べられている食材でもある。多くの場合、河豚を食べた、松茸を食べた、と言う事実に満足するのである。私も若い頃、そうだった。味も分からないのに、ただ、河豚を食べて『おれも大人になったもんだわい』と悦に入っていたものだ。私が河豚に目覚めたのは、理由あって、一週間ぶっ続けに河豚を食ってからである。八日目に、私は禁断症状に襲われた。あ~、河豚が食いたい……あの味が恋しい……と、それはもう、喉を掻き毟るような渇望であった。皮肉な事に、河豚を食べるのをやめて初めてその味が分かったのだ。そのものの不在においてそのものの味が現れるというのが、いかにも河豚らしい。
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