ネット社会を予見させる「超能力」を描いていた『いつも美空』|碇本学
ライターの碇本学さんが、あだち充を通じて戦後日本の〈成熟〉の問題を掘り下げる連載「ユートピアの終焉──あだち充と戦後日本の青春」。
今回は、世紀の変わり目の短めの連載作品『いつも美空』を分析します。SF×時代劇だった『虹色とうがらし』に続き、超能力少女たちを主役に据えた異色のSF×現代活劇として、あだち充としては息抜き的に描かれたとされる本作。荒唐無稽な作風ながら、のちのネット社会の問題への洞察を孕んだその予見性とは?
碇本学 ユートピアの終焉──あだち充と戦後日本社会の青春
第18回 ネット社会を予見させる「超能力」を描いていた『いつも美空』
あだち充の息抜きとしての短期連載作品
第16回で論じた『H2』はあだち充にとって7年を越える過去最長の連載(現在連載中の『MIX』は月刊誌連載ながら9年目に突入し、この記録を更新している)となり、「少年サンデーコミックス」では全34巻(2018年時点でシリーズ累計発行部数が5500万部を突破)となったが、その連載終了後に始まったのが『いつも美空』(2000年−2001年)だった。今作は『H2』の担当編集者だった小暮義隆が引き続き担当することになった。
プロボクサーのライセンスを持ち、プロのリングに2度立っている小暮は『H2』連載終了後に、あだちに「新連載はボクシングでどうですか?」と提案しているが、その時には「今は描く気がない」と断られている。この辺りはタイミングの問題だったのだろう。
小暮は『いつも美空』終盤になって異動してしまうが、『いつも美空』のあとにあだちはいなくなった小暮の期待に応えるかのようにボクシング漫画『KATSU!』を始めることになる。そちらは次回以降に取り上げる。
「『H2』でしっかり野球を描いたんで、次はスポーツから離れたほうがいいんだろうなと。先生の作品の長い連載で女子が単独で主人公だったことはない。そして当時、僕が頻繁に映画記事でライターの方と仕事をしていたんですが、その人が『映画記事は、以前書いていた事件記事やゴシップ記事と違い、書いた人全員に喜んでもらえる。なんて素敵な仕事だろう』と言っていたことを思い出し、『アカデミー賞を獲る女のコ、みんなを幸せにするスーパーヒロインはどうでしょう?』と提案したところ、『やってみようか』と始まったのが、『いつも美空』でした。」〔参考文献1〕
登場人物たちは超能力の持ち主で、ヒロインは大女優になるかもしれないと話は振ってるけど、女優の話にしようなんて全然思ってませんでした。遊ばせて好きに描かせると、こんな話を描く漫画家です。
猫がしゃべり始めたり、そういうデタラメな話が好きなんです。長いこと連載をやらされると、いろいろと溜まってくるってことだね。この時は、僕の中のデタラメなギャグの部分が、きっと溜まってたんでしょう。「H2」では遊び切れなかったからね。最初から短いものだと思ってると、いくらでも遊べるんです。
「いつも美空」は、どう考えても読者の反応はイマイチでしょう。それもある程度は覚悟の上でした。〔参考文献1〕
ボクシング漫画を執筆してもらうことを早々に諦めた小暮は上記のような提案をあだちにした。それをあだちは受けつつも、ある種デタラメな漫画にしようと決めていたようだ。このパターンは『ラフ』と『H2』という長期連載作品の間に連載されていた『虹色とうがらし』を彷彿させる。
『虹色とうがらし』は「SF×時代劇」だったが、『いつも美空』は「SF×現代劇」という形になっている。そして、『虹色とうがらし』の時と同じように読者の反応はイマイチであり、大ヒットを見込めないので長期連載にならないことをあだちはわかった上で描いていたことも本人の発言からわかる。
長期連載をしたあとの息抜きとして、読者ではなく著者である漫画家のあだちにとって漫画を描く楽しみを再認識させるような大切なものが『虹色とうがらし』や『いつも美空』という作品だった。これはあだちにとっては真面目に連載をやりきった自分へのご褒美のようなものとしても考えることができる。
『いつも美空』は、本連載で以前、あだち充がデビューしてから現在までの作品歴を四期に分けたうちの第三期にあたる。
『H2』(1992〜1999年)、『じんべえ』(1992〜1997年)、『冒険少年』(1998〜2005年)、『いつも美空』(2000〜2001年)、『KATSU!』(2001〜2005年)、『クロスゲーム』(2005〜2010年)の頃である。『じんべえ』と『冒険少年』は「ビッグコミックオリジナル」掲載作であり、「少年サンデー」連載作品ではなく、ほかはすべて「少年サンデー」連載作品である。
『H2』と『KATSU!』の間で一息していたのが『いつも美空』だったことがわかる。『KATSU!』は連載中に兄のあだち勉が亡くなったこともあり、あだちが描きたい生死が関わることになるプロ編が描けずに終わってしまった作品だ。その『KATASU!』をできるだけ早めに終わらせて、次の新連載となる『クロスゲーム』を立ち上げたのが編集者の市原武法だった。もしかすると、市原がいなければ、あだち充は少年漫画がそれ以降描けなくなっていた可能性もあった。その『KATSU!』『クロスゲーム』の連載期間を合わせるとちょうど10年となり、『H2』の7年とその10年を繋ぐのが『いつも美空』だった。
あだち充作品の中では『虹色とうがらし』同様に影が薄く、人気作品の上位に入ることはないという共通点もある。ただ、あだち充が幼少期から楽しんできた少年漫画らしさを楽しんで描いているのは間違いなくこの2作だった。そして、悲しいかな、あだち充は自分が大好きなデタラメな漫画は読者受けが悪いことも知っていた。しかし、そうわかっていても「少年サンデー」の二枚看板であり、功労者であるあだち充だからこそ、許される連載漫画でもあった。そして、あだちもこのくらいでやめないとヤバいなと思うと連載を終わらせていくというプロ意識もあってか、1年(実際は13ヶ月)で物語は終わる。
『虹色とうがらし』の連載は2年4ヶ月だったので、期間としてはほぼ半分であるが、「デタラメだけど、手は抜いてないですよ。こういう作品を間に挟んでいるから、長生きできた漫画家なんです」とあだちも『いつも美空』について語っている。
環境問題や、自分の中で「違うんじゃないか」ということも自然に言葉にしています。「得るものの大きさはわかっても、失うものの大きさは失ってからじゃないとわからない」というセリフなんて、結構自分の本音を言わせてます。現代劇じゃないし、「地球じゃない」と言っているから、もう言いたい放題。
世の中を皮肉な目を見るクセは変わらないですね。今はスマホ全盛になってるのが気に食わない。どこを目指しているのかまったくわからない。最終的に目指しているところが、「それって幸せなの?」と思ってしまう。人と関わる必要がなくなっちゃうんじゃないかと……はい、基本的には古き良きモノを愛する保守的なひねくれ者です。〔参考文献1〕
上記は『虹色とうがらし』に関してのあだちのインタビューからだが、『いつも美空』でも環境問題に関するセリフが出てくる。
「拾っても、拾っても。あっという間にまた元どおりだ。エコロジー…か。地球にやさしい人間なんているのかね。船にしろ飛行機にしろ車にしろ、人は移動するだけで空気を汚し、水を汚し、海を汚す。木を切り倒し森をつぶし生態系をぶち壊して、繁殖してきた生き物じゃねえか。キリがねえんだよ、こんなことしてても… 捨てるヤツを減らしゃいいのさ。もともとこんな大勢の人間を養うようにはできてねえんだよ。この地球(ほし)は──な。」『いつも美空』5巻「キリがねえんだよ」より
これは『いつも美空』の主人公の坂上美空のライバルとなる野神篤史が作中で言ったセリフである。弟の剛志と共に海岸のゴミ拾いをしている時に篤史は弟に向けてというよりも、他にボランティアでゴミ拾いしている地域の人たちや偽善者に向けて言い放っているようなシーンだ。
また、篤史は能力者である弟の剛志の超能力を使って、中学の陸上男子100mや走り幅跳び、水泳男子100mと200mで日本新記録を更新し、そのルックスのよさもあり一躍全国区のヒーローとなる。そんな全能感を持った篤史の上記のセリフは悪役にはピッタリであり、どこかガイア説すら感じさせる。そのガイアからの使者として、邪魔な人間を排除し、自分にとって都合のいい世界を作ろうと企んでいるかのようである。それを阻止しようとするのが13歳の誕生日に神さまからそれぞれ超能力を授けられた主人公の美空たち6人と人の言葉を話せる美空の飼い猫のバケだ。
『虹色とうがらし』でも悪役がわかりやすく描かれていたが、今作『いつも美空』も同様に悪役がわかりやすく描かれた作品だった。あだちが少年時代に影響を受けた作品に回帰すると勧善懲悪的な物語になりやすく、ほかのあだち充作品の人間の微細な感情の変化をコマ運び屋風景描写によって描いているものに慣れていると少し子供っぽさも感じる。おそらく、人気ランキング上位に上がってこない理由もその辺りにあるのだろう。
あだち充劇団のプチリニューアル
ここで『いつも美空』のキャラクターと物語の展開についておさらいしておきたい。
「──これは日本人として初めてアカデミー主演女優賞に輝いた、一人の女の子のドラマ…… ──に、なればいいなァ……」というモノローグから始まる。冒頭では横転したトラックの荷台から10頭の豚が浅見台中学校に逃げ込んでしまったのだが、入学したばかりの坂上美空と三橋竜堂と村田十四郎の3人が9頭までを退治してその潜在能力を見せつける。しかし、残りの1頭が見当たらずに業者が探していると豚料理の本を読んでいる小久保都と豚の前足と後足を棒に結んで担いで歩いている春日千代之介と北島光太の3人がいた。その6人全員に一斉に呼び出しがかかる。彼らを呼び出したのは「レンタルクラブ」顧問の船村正だった。
過去に有名スポーツ選手を輩出している浅見台中学だが、少子化の影響で試合のたびにあちこちから頭数をそろえて、なんとかその場をしのいでいる部も少なくなかった。6人の優れた身体能力に目をつけていた船村は、彼らを責任もってスケジュール調整して、必要とする部に派遣したいと語るものの、彼らは強制ではないならと帰ってしまう。
美空たち3人は4年前に小学生限定の「緑の自然教室」に3日間参加していた。そして、美空たちの近所の小学校から参加していたのが都たち3人だった。そこで都たちからスイカ泥棒の汚名を着せられた美空たちは、一番楽しみにしていた花火大会の日に決闘をしようと社に集まった。
ところが、打ち上げを失敗した花火が飛んできてしまったことで火事になって社が燃え上ってしまう。そんな中、美空が偶然社のご神体を持ち出したことでご神体は難を逃れるが、まさかの2発目が飛んできて、6人は気を失ってしまう。しかし、その意識が遠のく瞬間に美空は杖を持ったハゲで白い眉とひげの老人が現れたのを見たのだが、他の二人は見ていなかった。
美空が13歳の誕生日を迎えた4月10日の深夜、その杖を持った老人が部屋に現れ、「ありがとう、少年少女諸君。お礼として勇気あるきみ達に──それぞれが13歳を迎えた日にひとつずつの力を授けよう。わしからの誕生日プレゼントとしてな。」と言って消えてしまう。
美空が起きてから学校に行くと6人の中では一番誕生日が遅い北島光太が美空に元にやってきて、「13歳になったんだろ? 何か変わったことあった?」「──だよな、そんなバカな話あるわけないもんな。やっぱりあれは夢だったのかァ」と告げる。光太も美空同様にあの老人をあの時に見ていたことが判明する。その夜に美空は自身に授けられた超能力が「念動力」であり、離れた物体を少しだけだが動かすことができることを知る。しかし、その様子を見ていた愛猫のバケがなぜか煙草を吸いながら、人の言葉で美空に話しかけてくる。「驚いたよなァ、実際── まさかあいつが本当に神さまだったとは…… なァ美空」と。
バケは「緑の自然教室」で美空についてきた猫であり、その時に連れて帰って飼いだした坂上家のペットだった。バケの口から自分は美空と1日違いの誕生日で「13歳」になったと語る。猫の13歳なのでかなりのおじいさんであるためか、口調が年寄りくさい。
6人は結局レンタルクラブに入ることになる。それぞれの特技を活かして様々な部をヘルプする6人だったが、もちろん彼らのことが気にくわない他の部活動の部員たちもおり、その学生との対決や物語が進んでいく中で、都、千代之介、竜堂、十四郎、光太がそれぞれ誕生日を迎えて超能力を得て、6人は次第にそれぞれを認め合い、仲間として一緒に成長していくことになる。
美空の死んだ父の慎太郎を大作映画の準主役に抜擢しようとしていた大物監督の別荘に母と招かれた美空。彼女はその大物監督の前で台本を読みながら演技を披露するハメになる。その大物映画監督である北島圭一郎は北島光太の祖父であることがわかる。美空の魅力に気づいた圭一郎は彼女を主演にして最後の一本を撮ろうと決めるが、その夜に眠ったまま安らかな笑顔で亡くなってしまう。そのまま物語は大きな展開をみせることなく、美空は平凡な学生生活を過ごしていくはずだった。
光太の祖父の別荘で夏合宿をしていた美空たちは、近くでドラマ「化け猫ワトソンと美少女探偵シリーズ」を撮影している撮影クルーと出会う。主演のアイドル・西野ちはるの代わりに危険なスタントを美空が担当することになり、そこで彼女の魅力にドラマのスタッフや関係者たちも徐々に気づいていく。そんな演技力の凄まじい美空を見た光太は彼女を主演にした映画をいつか撮ろうと決めるのだった。
別荘近くには6人と1匹が特殊な能力を授かった社にそっくりなものがあり、そこも3年前に打ち上げ花火の火が飛び込んできたため、燃えてしまったが、一人の少年がご神体を運び出してくれたという話を撮影クルーたちがしていたのを美空たちは聞いてしまう。
人気者のちはるのストーカーらしき瓶底眼鏡の少年に、スタント役だった美空は間違ってさらわれてしまうが、すんでのところの念動力を使ってそこから逃げ出すことに成功する。バケが光太に頼んでご神体を運び出した人物の写真を探してもらうと、やはり彼は美空をちはると間違えてさらった少年・野神剛志だった。
2001年になり、6人の中で最後の誕生日を迎えた光太の能力は「瞬間移動」だった。他の5人も授けられた能力が以前よりも強化されていることがわかる。そして、新世紀の幕開けに一人の天才少年・野神篤史が現れる。その年の春、中学三年生になる彼は水泳や陸上の10種目で中学記録を更新し、さらにその半分は日本記録をも塗り替えるものだった。そのビジュアルのよさも相まって国民的な大騒ぎとなっていった。
美空はそんな男のことはまったく興味がなかったが、ある雑誌で野神篤史と一緒に、美空をさらった超能力者の剛志が映っているのを発見。二人は兄弟だったのだ。篤史は剛志の超能力を使って、自分の欲望のために邪魔になる人間をどんどん潰していっていた。
そんな巨大な相手に美空を中心としたレンタルクラブの面々は、スポーツでの篤史の記録を塗り替えることで、野神兄弟へ宣戦布告をすることになる。レンタルクラブメンバーが塗り替えた記録を再度塗り替えたのち、タレント活動を始めた篤史は、スポーツと同じように裏で剛志を使ってライバル俳優にケガをさせたりして蹴落としながら、そのポジションを奪い取っていき日本中が注目する新たなスターとなっていく。芸能人として圧倒的な人気を誇るようになって、さらに影響力も増していく篤史と勝負できるのは美空しかいないと、彼女も女優として芸能界デビューする。そして、篤史と美空が共演することになった映画の雪山での撮影において、彼の野望を食い止めるために美空とレンタルクラブの面々が対峙することになる。
以下、主要人物について詳述する。
「PLANETS note」はアカデミシャン、批評家、アーティスト 、企業家などここでしか読めない豪華執筆陣による連載を毎平日お届けするウェブマガジンです。月額780円で毎月15本ほど配信するので、1記事あたり50円程度で読み放題になります。
ここから先は
¥ 500
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?