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オーガナイズドゲームと消極性デザイン |𥱋瀨洋平・消極性研究会 SIGSHY

消極性研究会(SIGSHY)の連載『消極性デザインが社会を変える。まずは、あなたの生活を変える。』、今回は研究者・ゲームデザイナの𥱋瀨洋平さんの登場です。ゲーム開発を始めとした様々な分野で使用されているソフトウェア「Unity」に、エヴァンジェリストとして関わる𥱋瀨さんは、シンポジウムで参加者全員が遊ぶオーガナイズドゲームを実施しています。コミュニケーションの活性化に成功しつつありますが、「消極性デザイン」の観点からは、まだ課題も残っていると言います。

消極性デザインが社会を変える。まずは、あなたの生活を変える。
第2回 オーガナイズドゲームと消極性デザイン(𥱋瀨洋平・消極性研究会 SIGSHY)

エヴァンジェリストという仕事

 第一回で「モチベーション・やる気に関する消極性デザイン」として紹介されました𥱋瀨です。研究者、そしてゲームデザイナという肩書きで活動しています。

 私は子供の頃からコンピューターゲームが大好きだったのですが、ファミコンを買ってもらえない家庭に育ちました。しかしパソコンを触る事は許されていたので、中高は部活でゲーム作りに励み、大学時代からゲーム会社でアルバイトをし、そのままゲーム開発会社に就職して17年間ゲーム開発に携わってきました。
 代表的なプロジェクトは「ワンダと巨象」「魔人と失われた王国」などです。

▲『魔人と失われた王国』

 私のゲーム開発のキャリアは大学で学んだ情報工学や人間工学の知見によって成り立っています。ゲームは多くの要素が詰め込まれた総合芸術とも言える分野だと思っていますが、それをプレイするのはほとんどの場合人間なので、人間を深く知る事はゲーム開発をしていくうえで有利な事がたくさんあります。そうやって長年学術の恩恵を受けてきた私は、ゲーム開発者として現役の研究者の方々と交流を深めていくうちに、ゲーム開発の現場から学術の世界に知見を届ける事もできるのだということを知りました。
 そこで長年ゲームデザイナとして培ってきた知見を元に研究発表を行う様になったのが2012年です。
 現在はユニティ・テクノロジーズ・ジャパン合同会社に所属し、大学で教えたり様々な講演会、学会などで講演したり、論文を発表したりという学術系の活動をしています。

 私の会社が世に送り出しているUnityとはもともとゲーム開発に使われるソフトウェアでした。2018年5月現在、スマートフォンのゲームの50%はUnity、Nintendo Switchのゲームの30%がUnityで作られていると言われています。他にもPlayStation 4、XBOX Oneなどのハイエンド機やPlayStation VitaやNintendo 3DSなどの携帯機など多くのゲーム開発に利用されています。

 しかし、Unityの用途はゲーム開発だけではありません。先ほど書いた様にゲームとは多くの要素が詰め込まれた総合芸術のようなコンテンツとなっています。言い換えれば、ゲームを作れるツールはゲーム以外の様々な分野でも活躍出来るわけです。
 いま世界的に普及しつつあるバーチャルリアリティの世界では非常に多くの方がUnityを使っており、ヘッドマウントディスプレイ(HMD)のOcurus Riftでは69%、HTC Viveでは74%、Gear VRでは87%、Microsoft HoloLensの91%のアプリケーションでUnityが使われています。
 他にも例えば現実感の高い映像をリアルタイムに描画する技術を使えば、映像作品を効率的に制作する事ができます。UnityでもAdamという一連のショートフィルムをリリースしていますが、ただのデモ映像という事には留まらず、様々なフィルムフェスティバルで賞を取ったり、「第9地区」「チャッピー」などで知られるニール・ブロムカンプ監督が続編の監督をすることになったりと大きな反響を呼んでいます。

 『Adam』
 https://unity3d.com/jp/pages/adam

 国内でも「魔法使いプリキュア」のエンディング映像や「正解するカド」に出て来るカドと呼ばれるフラクタル(シンプルな数式から生成される繰り返しパターンの図形)立体を描画するなど映像用途での利用も広がっています。

 アートの世界ではデジタルアートで多くの作品を生み出すテクノロジスト集団チームラボが「Story of the Forest」などを始めとした様々な作品にUnityを利用していますし、「デザインあ」などで知られる映像作家の中村勇吾さんもUnityを使って「GUNTAI」などの作品をスマートフォン向けにリリースし、現在は「HUMANITY」という作品を手がけられています。

▲『Story of the Forest』

▲『GUNTAI』

▲『HUMANITY』

 また、こうした表現という世界だけでなく建築や自動車、家電など工業の世界でも製品を動かすインタフェースや製品を開発するためのシミュレーション、プレゼンテーションのための映像作りや教育のためのアプリケーション作成など広い用途で様々な企業がUnityを使って社内外にあらゆるソフトやサービスを送り出しているのです。

 医療の世界では東京大学医学部脳神経外科で実際にメスを握って脳神経手術の執刀をされている金太一先生が自らUnityや3Dグラフィック制作のためのソフトウェアを修得し、実際に手術に使っている様子を講演で話されたのが話題になっています。

 多くの用途、様々なジャンル、個人から大きな企業までと社会の広い範囲で使われる開発環境、それがUnityです。

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 少し長くなりましたが、私の仕事のバックグラウンドを理解していただけたのではないかと思います。私は学術研究をしていますが、会社でのポジションは研究職ではなくエヴァンジェリストなのです。ここから表題の話に入ります。

 エヴァンジェリストというのはまた聞くとうさんくさいジョブタイトルかもしれませんが、基本的にはUnityを広めるための仕事をしている、ということです。セールスと何が違うのか、ということをよく聞かれるのですが、ざっくり言うと「この製品良いですよ、買ってください」というのがセールスです。とても積極的な姿勢が必要となる職業ですね。ではエヴァンジェリストとの違いはなんでしょう? Unityのエヴァンジェリストにはblogを書いたり作品を作ったり講演したりといろんな活動がありますが、共通しているのは「自分がユーザとして実際に使っている」ということです。

 私はエヴァンジェリストの中でも特に学術/教育担当をしていますが、あちこちの学校へ行って我々の製品は素晴らしいので是非使ってください、というようなことを主張しているわけではありません。実際に自分でUnityを使って研究をし、学会で登壇発表したりデモンストレーションをしたりといった活動をしています。そうすることで学術の世界では物を売りに来る人、ではなく仲間として受け入れてもらうことができ、研究に興味を持ってくれた人は同時にUnityにも興味を持ってくれるので製品も広まり、私はUnityを広めるという名目で研究ができるのでたいへんお得です。

 また、私自身は高いスキルを持ったエンジニアではなく、プログラマとしての就業経験もありません。そんな私でも一定クオリティのデモを作る事ができるので、プログラム経験の乏しい人や学生さんなどにも受け入れてもらいやすい、という側面もあります。
「誰でも使える」と主張するのは簡単ですが信じてもらうにはやはり実際使っている、使ってもらっているという事実を積み重ねていくのが重要ですね。

「消極性デザイン宣言」で紹介している「誰でも神プレイできるシューティングゲーム」もそうしたバックグラウンドから生まれた研究です。適度な努力ですごいプレイヤーになった気分を味わうためのシステムは、高い技術がなくてもそれなりの研究デモを作って周囲にUnityの良さを知らしめるという大義名分の元に作られているわけです。

 なお、念のため書いておくとエヴァンジェリスト呼ばれる人々はたいてい高いスキルを持ち、びっくりするような高いクオリティのデモを作ったりするものです。
 例えば私の同僚のエヴァンジェリスト、高橋啓治郎は常に多くの人の目を惹くような作品を発表し続けています。

Keijiro Takahashi
https://vimeo.com/keijiro

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 しかしもし目立つのがハイクオリティなものを作って活躍している人ばかりだったらどうなるでしょうか? 「自分には無理だ」と最初からあきらめてしまう人もたくさん出て来るかもしれません。そこで私はそれと対極に位置し、技術はないけれどもちょっと変わった事をして発表したり、同様に必ずしもクオリティが高くなくても世の中にないものを作ったりしている方々をピックアップして紹介するような活動をすることで、製品を使う人の幅を広げているわけです。

 もともと技術やセンスのある人は放っておいても注目され、評価されます。しかし製品を使う方の多くはそういう層ではありません。本当に何かを広めようと思ったら、自分にはセンスや技術がない、不十分だと思っている層に使ってもらう必要があり、そういう人達が入りたくなる、入りやすい空気や場が必要です。広い意味で私の活動は場のデザインなんだと思ってやっています。

場のデザイン

 消極性研究会のメンバーの活躍の場の一つとして情報処理学会が挙げられますが、この情報処理学会には40以上の研究会があります。そのうちの一つ、エンタテインメントコンピューティング研究会では毎年秋に150人前後が集まるシンポジウムが実施されているのですが、ここで私はオーガナイズドゲームと呼ばれる学会参加者全員で遊ぶゲームのイベントを実施しています。

 学会は全国から多くの教員、学生、企業の研究者などが集まる場ですが何年も同じ研究会に参加している面々やジャンルが近く他の研究会や学会などでもよく顔を合わせるメンバーなどで固まってしまいがちです。それを遊びを使って解消しよう、というのがオーガナイズドゲーム開催理由の一つです。

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 2014年に行われたオーガナイズドゲーム2014は、特別招待講演の講演者が殺されてしまい犯人を捜すというものでした。クイズやパズルを解いてヒントを集めるといういわゆるリアル脱出ゲームのような方式です。
 ここでは受付でもらえる名札にちょっとした仕掛けをしました。通常、名札には自身の名前と所属が記されていますが、それに加えて裏側にゲーム用の仮の身分を印刷したのです。具体的に言うと表には「Unity 𥱋瀨洋平」と書かれているけれども裏は「TK大学 ヒガシダ」のようになっている、ということです。

 これは最後に「犯人は〜大学の〜だ!」というように宣言してもらうためのものなのですが、もう一つの狙いがコミュニケーションの促進でした。積極的にゲームに参加する意志のある方々は同じ架空の所属を持つ参加者を探して話しかけるようになりました。
「あれ、同じ所属ですね」「これってどんな意味があるのかな?」「KO大学ってそのままじゃないですか」というような具合です。
「コミュニケーションを促進させる」という点では成功したと言えます。

 ゲームをしかける側としては他にわざと本名と仮名が同じ人を作って怪しいとミスリードさせたり「ハンニンハイナイ」というメッセージを出して犯人はいないと思わせておいて実はイナイさんが犯人だったりといろいろ語る事はあるのですが、そのあたりは消極性デザインの話とは外れてしまうのでこの辺にしておきましょう。

 さて、オーガナイズドゲーム2014はゲーム的にいろいろ至らない点もありつつコミュニケーションの促進という点で一定の成果は挙げました。しかし反省点がないわけではありません。用意されたクイズやパズルは互いに知恵を出し合えば解けるかもしれませんが、それはコミュニケーションの結果であって、そこにメリットがあるかどうかはそれぞれのコミュニケーションの仕方に委ねられます。特にこういったゲームに慣れていない人同士だと、「これって同じ所属同士で何かするんでしょうかね?」「どうなんでしょうね?」みたいに当たり障りのない会話に終始してしまうかもしれません。

 ゲームというシステムの中でコミュニケーションを取ってもらうなら、少なくともゲームの中で確実に得をするようにしておけば思い切って声をかけたのに収穫がなく気まずかったというような事態は防げます。そこでエンタテイメント コンピューティング2015ではもう少しシステマチックなコミュニケーションのシステムを導入しました。
 オーガナイズドゲーム2015はロールプレイングゲームを模した遊びでした。

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 内容はシンプルで参加者全員で最終日に魔王と戦い、倒すというものです。参加者は自身のキャラクターを持っており、キャラクターには36種類の職業から1つがランダムに割り当てられています。キャラクター1人はあまり強くないのですが学会の名札についているQRコードをスマートフォンで読むと相手とパーティを組んだことになり、うまく6人パーティを組むと1人の時の20倍の強さとなるようにできています。最初の状態では絶対に魔王に勝てないので、学会の会期中にいろんなパターンでパーティを組み、用意された敵と戦って強さを試し、最適な組み合わせを見つけるという遊びです。
 
 オーガナイズドゲーム2014はコミュニケーションのきっかけだけ作り、あとは情報交換しながら頑張ってゲームを進めてくださいというデザインでしたが、今回の場合、QRコードを人に読ませてパーティを組むだけで相手のメリットになるし、戦いに勝つ事で自分のキャラクターも少しだけ強くなるため、最低限のコミュニケーションでもゲームに参加できます。これでゲーム参加に積極的なプレイヤーに話しかけてもらったけど特に貢献することもできずネガティブな気持ちになる、という事はそんなになくなったかと自負しています。

 なお、結果は以下の動画をご覧ください。

 前述したようにオーガナイズドゲームは、大規模なゲームを提供することでシンポジウムに参加することの特別感を出す、参加した事を記憶に残す、盛り上がりを共有する、コミュニケーションという効果を期待して作られています。学会や研究会というのは堅いイメージがあるものですから、こういうことをするだけでも幾分参加者のコミュニケーションが柔らかくなります。また、学会や研究会というのは一般的な展示会などとは違い、発表の場を自分たちで作るための集まりですから、自分たちの中からこういう変わった新しい試みが出て来るというだけで研究発表という枠を越え何かやってみようという空気が醸成されるだろうと考えています。
 これも場のデザインと言えるのではないでしょうか。

オーガナイズドゲームは消極性デザイン的にはまだイマイチ

 連載の第二回として私がこれまでやってきた情報処理学会エンタテインメントコンピューティングでの活動を紹介してきました。コミュニケーションを促進するという大義名分は否定されにくく批判もされにくいので、実際に効果があったかどうかは自分たちで慎重に見極めていく必要がありますが、アンケートの結果などからも好評と言って差し支えないかとは思います。
 しかし、今となっては消極的な人に対するケアが足りていなかったと思うようになっています。オーガナイズドゲームを始めた2014年はまだ消極性研究会設立から日が浅く、自分の中で「消極性」というものが消化しきれていなかったというのもありますが、やはり設立から5年経って議論の深度が深まった事が大きいです。

 基本的にオーガナイズドゲームでのコミュニケーションの活性化はもともと積極的だった参加者が消極的な参加者に対して話しかける大義名分を作っているに過ぎないとも言えます。学会に参加したいがコミュニケーションしたいとは思っていなかったり、義務的に参加しているメンバーにとってはもしかすると迷惑かもしれません。学会というのは教育目的も多分に含んでいますので「そうは言わずみんな積極的になってくださいよ」と題目を掲げるのは簡単ですが、それは消極性デザインの観点からは少し外れています。

 これまでオーガナイズドゲームではコミュニケーションの場を作る、参加しやすいような空気を作るというような観点で活動していましたが、例えばこのメルマガ共著者である西田健志さんの夕食席決めシステムのように、もっと具体的な問題を情報科学を用いて解決してこその消極性研究会です。

 そこで今年、2018年はオーガナイズドゲームという枠の中で具体的な問題解決を試みようと思っています。オーガナイズドゲーム2018は今年の9月に実施予定ですので、いったいどのような事をしたのかについてはその頃に改めて報告したいと思います。

消極性草の根活動

 オーガナイズドゲームは世の中にとってマイノリティである研究者という集団の中の一つの学会の一つの研究会で行われているものに過ぎません。この連載のタイトルは「消極性デザインが社会を変える。」と始まっている事を考えると小さな活動です。しかし我々は研究者です。研究というのは実際に仮説を立て、実験し、検証してそこから世の中の真理を見つけ出し、誰でも実行可能な形で参照可能にするというところに本分があります。

 消極性研究会のメンバーがそれぞれ違う形で「消極的な人」を対象にして研究をしているように、消極性の形にもいろいろなものがあります。人には誰しも消極的な一面があり、それが苦にならないようにする方法もそれぞれです。しかし、そういうものがたくさん集まっていくと、やがて多くの消極性問題を一度に解決する方法につながるかもしれません。

 皆さんも是非、何か自分の心が楽になるような工夫が出来た時、もしくは人の心の負担を軽減するような工夫が出来た時に心の中で「Shyhack!」と叫ぶだけでなく、どこかで共有してもられば良いなと思います。なお、Twitterで#shyhackのタグで書かれたものについてはメンバー全員で見ていますので、躊躇いながらでもそっと投稿していただければ幸いです。

(続く)

▼プロフィール
𥱋瀨洋平(やなせ・ようへい)

ユニティ・テクノロジーズ・ジャパン合同会社/プロダクト・エバンジェリスト。東京大学先端科学技術研究センター/客員研究員。1995年より17年間ゲーム開発に従事し「ワンダと巨像」「魔人と失われた王国」などの作品に携わる。2012年より研究職に転身。2017年、無限に歩けるVRシステム「Unlimited Corridor」で文化庁メディア芸術祭エンターテイメント部門優秀賞を受賞。消極性研究会ではモチベーションに関わるシステムを担当。

『消極性デザインが社会を変える。まずは、あなたの生活を変える。』の配信記事一覧はこちらのリンクから。
前回の記事は、「第1回 消極性デザインとは何か(西田健志・消極性研究会 SIGSHY)」はこちらから。


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