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風の影

 今年の早朝、私は見知らぬ町のバス停に立っていた。ここに来た理由は、数年前に読んだミステリー小説の舞台がこの町だと知ったからだ。小説の中では、この町で起こった不可解な事故が物語の鍵を握っていた。

 旅の途中で見つけた小さなパン屋で買った温かいパンを手に持ちながら、私は町を歩き始めた。風が吹き抜けるたびに、過去と現在が交錯するような感覚に陥る。この町にはどこか妙な雰囲気が漂っていた。街灯の影が長く伸び、風に乗って遠くから聞こえる鐘の音が、不安と期待を煽る。

 不意に、ある廃屋の前で足を止めた。その家には『遺棄現場』の看板が立っていた。何かに引き寄せられるように中へ入ると、埃をかぶった家具や割れた窓ガラスが、過去の悲劇を物語っていた。私はカメラを取り出し、写真を撮り始めた。

 ふと気付くと、一冊の古びた日記が棚の上に置かれていた。ページをめくると、そこには町の事故についての詳細が記されていた。しかし、日記は途中で突然終わっていた。まるで書き手が何かに気付いて、その瞬間に書くのをやめたかのように。

 私は日記をバッグに入れ、家を出た。すると、外には一人の老人が立っていた。

「お前も事件の真相を知りたいのか?」

 そう彼は問いかけてきた。彼の目は、全てを知っているかのような鋭い光を放っていた。

 老人は私を連れて、町の外れにある古い風車へ向かった。風車の内部は暗く、ひんやりとしていた。

「ここで全てが始まったんだ」

 老人は語り始めた。
 彼の話によると、風車には時間を超越する力が宿っており、事件の日にもその力が発動したのだという。

 私はその話を半信半疑で聞いていたが、ふとした瞬間、風が強く吹き込み、風車の羽が回り始めた。目の前が眩しく光り、次の瞬間、私は全く見知らぬ場所に立っていた。そこはまるで過去の町のようだった。人々が生き生きと歩き回り、風車も新品同様に輝いていた。

 私は時間をさかのぼったのだと直感した。過去の町で私は、その事件の瞬間を目撃することになるのかもしれない。そして、真実を知ることができるかもしれない。

 果たしてその事件は起こった。その瞬間、私は目の前で何か異様なものを見た。それは、風に乗ってやってきた巨大な影だった。影が町を覆い尽くし、人々が逃げ惑う中、私もその場から逃げ出した。その時、私は何か重要なものを見逃していることに気付いた。影の正体、それが全ての鍵だったのだ。

 次の瞬間、風が再び吹き、私は現代の町に戻っていた。老人が私を見て、静かに微笑んだ。

「影の正体を見たか?」

 彼は尋ねてきた。私はうなずいたが、それ以上の言葉は出てこなかった。

 町を後にして、私は再び旅を続けた。しかし、風が吹くたびに、あの影のことを思い出さずにはいられなかった。何だったのか、その正体を知るために、私は再びあの町に戻る決意を固めた。

 風の痕跡は、私の心に深く刻まれていた。影の謎を解くための旅は、まだ始まったばかりだったのだ。

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