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夢幻の急行

 去年の夏、私は東京を離れ、とある温泉地への一人旅を決めた。日常の喧騒から逃れ、静かな時間を過ごすためだった。急行列車に揺られながら、車窓から見える風景は次第に都市の喧騒から緑豊かな山間へと変わっていった。

 その温泉地には、秘湯と呼ばれる特別な温泉があり、露天風呂からは壮大な山々が一望できると聞いていた。到着した日は快晴で、澄んだ青空と緑のコントラストが美しかった。宿に荷物を置くと、早速その秘湯へと足を運んだ。

 湯船に浸かりながら目を閉じると、日常の喧騒が遠く感じられた。ふと、遠くの方から声が聞こえてきた。それは、低く囁くような声だった。周りを見回しても、誰もいない。不思議に思いながらも、私はその声に耳を澄ませた。

「来たるべき時、急行が全てを繋ぐ」

 声はまるで私に話しかけているかのようだった。その後も、その声は何度も私の耳に届いた。やがて、夜が訪れ、宿の部屋に戻った。窓の外には満天の星空が広がり、心が落ち着くはずだったが、あの声の意味が気になって眠れなかった。

 翌日、私は温泉地を散策していると、古い駅跡を見つけた。周りには朽ち果てた建物が立ち並び、今では使われていないようだった。しかし、なぜか引かれるものを感じ、私は駅舎の中に足を踏み入れた。

 中には、古びた写真や資料が散乱していた。ある一枚の写真には、かつての賑わいが写されており、その中央に立つ人物が目に留まった。それは、私が昨夜夢で見た人物と瓜二つだった。

 夢の中、その人物はこう言った。

「急行に乗れば、全ての謎が解ける」

 この言葉が頭に残り、私はその駅跡をさらに調査することにした。駅の奥には、今でも動きそうな不思議な雰囲気をまとった急行列車が一両だけ残されていた。好奇心に駆られた私は、その列車に乗り込んでみだ。車内は当時のままの状態で、古びたシートと窓から差し込む光が幻想的な雰囲気を醸し出していた。

 突然、列車がガタンと音を立てて動き出した。驚いて車内を見回すと、いつの間にか他の乗客が現れていた。彼らは皆、静かに座っており、まるでこの世の者ではないかのようだった。列車は山間を進み、次第に現実から離れていくような感覚に包まれた。

 やがて、列車はある山間の駅に停車した。駅には一人の女性が立っており、私に向かって微笑んでいた。彼女はまるで私を待っていたかのようだった。彼女の手には古い日記帳のようなものが握られていた。

「あなたが来るのを待っていました。これはあなたの祖母の日記です」

そう言って彼女は日記を私に手渡した。その日記には、祖母がかつてこの温泉地に訪れた際の出来事が綴られていた。そして、その中には祖母がある男と出会い、彼と共にこの秘湯の秘密を探ったことが記されていた。

最後のページには、祖母の筆跡でこう書かれていた。

「急行に乗れば、全ての答えが見つかる」

 その瞬間、一連の出来事の理由が繋がった。祖母が語っていた不思議な出来事の数々、そして私がこの温泉地に引かれた理由が。全てはこの急行列車が繋いでいたのだ。

 私は祖母の日記を胸に抱き、再び列車に乗り込んだ。列車が動き出すと、次第に景色が変わり、私は新たな冒険の始まりを感じた。列車の終着点がどこかは分からないが、その先にはきっと、さらなる謎と答えが待っているに違いない。

 私の旅はまだ始まったばかりだった。急行列車の窓から差し込む光が私を導くように、私は新たな決意を胸に抱いた。

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