為政者の戦争と犠牲になる民
国際スポーツ大会でのロシア選手の排斥が取沙汰されているが、違うんじゃないか。
ウクライナに侵攻させているのも、ロシアに応戦しろと言っているのも、ともに「為政者(あるいはその背後にいる支配者)」だ。
「民」ではない。
しかしいつも犠牲になるのは「民」だ。
排斥されるべきは、戦争が起こるような状況にミスリードしている「為政者(あるいはその背後にいる支配者)」なのだ。
「民」はずっと前から戦争には反対している。
にもかかわらず、メディアもまた、「民」が「民」を敵対視するようなモードに「民」を導こうとしている。
「民」が「民」を排斥するような図式は誤っている。
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