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失われた小さな鉄路(掌編小説)

 私がまだ高校生だった頃、伯父夫婦は港湾関係の会社のビルの一角に住んでいた。港に出入りする商船にタグボートを手配したり、船食を扱う事業者に連絡を取り次いだりする仕事は会社の非営業時間帯も発生するので、伯父は夜間や会社の休日の昼間にそういった業務を住みこみで行う仕事をしていた。
 
 三階建ての会社の北西側の角に、伯父夫婦の居住スペースがあった。広いとは言えないまでも、二人で住むには支障はなかったようだ。トイレは従業員用のものと共用だったが、広く使えてかえって楽だったかもしれない。港湾関係会社の建物の中に暮らすというのは、どこか不思議な浮遊感もあったようだ。
 
 今考えてみると、伯父夫婦は自治体の隣組にも入ることなく、ゴミなども会社のそれと一緒に処理されていたのだろう。辺りには民家など一軒もなかった。倉庫や穀物サイロや、木材チップの集積場が立ち並んだ埠頭の界隈だった。

 言っておくが、私のこの話に物語やドラマはない。私が書きたいのは、ただ伯父夫婦が暮らしていて、私がときどき自転車で訪れた、埠頭運営会社を取り巻く風景だけだ。そう、あの頃は、埠頭や岸壁という場所に今よりもずっと近寄りやすかった。

 会社のビルの傍らには、東海道本線から分岐した支線の、そのまた支線が伸びていて、少なくとも平行する2本の、つまりは複線の専用線が存在していた。それは鉄道好きの私にとって、港湾らしいさまざまな事物よりもずっと重要なものでもあった。

 ただ、その線路をディーゼル機関車や貨車が行き来することを見るのは稀だった。当時すでに物流はトラックにシフトし始めていて、東海道線の支線はもちろんのこと、本線ですら貨物の取り扱い量は減少していたのだった。私が目にしていた、埠頭運営会社の横の専用線路は、国鉄時代の最後の風景でもあった。
 
 一度だけ、会社の横の専用線で入れ替え作業が行われていたのを見たことがある。ディーゼル機関車が貨車を牽いたり、連結させたりするのは、駅の構内などで見ている分にはそういうものかと気にもしていないのだが、鉄筋コンクリートのビルとはいえ、伯父夫婦が一部で居住している環境からすると、物凄い轟音なのだった。

 鉄道は見ているだけで飽かない私には、単にその場所を通過してしまうだけの列車を観察するのよりも、短い区間内を何度も行ったり来たりする作業を見るのは特別に面白かった。埠頭運営会社の一階の裏口は、伯父夫婦の居住スペースの勝手口のような風情があり、私の記憶が正しければ、洗濯物もその辺りに干されていたはずだった。アスファルトやコンクリートの敷かれていない地面もそこに残されていた。
 
 貨車はおそらく、埠頭運営会社の南方側にある木材チップの集積場か、逆にすぐ北側にある穀物サイロの荷役に関係したものだったろう。機関車については鮮明な記憶がないものの、支線で使われていたDD-13ではなく、2軸の入れ替え専用機だったと思われる。

 いずれにしろ、親戚の住まいのすぐ傍らで鉄道の一種のスペクタクルを見られるというのは、信じられないようなことでもあった。もちろん、そんなことに垂涎の境地になっているのは私ぐらいのもので、伯父も叔母も入れ替え作業はただ騒々しいだけのことだっただろうと思う。

 日常的環境の目と鼻の先で、機関車や貨車がゆっくりとした速度で行ったり来たりしているというのは、異常なことであるに違いないのだが、鉄道の魅力にやられてしまったものにとっては、一種の桃源郷のようなものでもあった。私はしばらくずっとその光景に見入っていた。トイレで用を足しているときですら、横のサッシの向こうにあたりを圧するような機関車や貨車の存在感を感じて至福の時だと思っていたのだ。
 
 しかしそれから10年もしないうちに、この専用線が分岐している、東海道本線の支線は廃線の憂き目を見ることになってしまった。ほどなくして、埠頭へ伸びたいくつかの専用線も線路が取り払われた。そのうちに線路の跡地も払い下げられたのか、新しいサイロや荷役設備がかつて専用線だった場所を埋めていった。

 今では、かつてそこに入れ替え用機関車や貨車が行き来した線路があったことを察するのは、よほどの鉄道マニアでない限り、難しいだろう。使用されている間もごく一部の人間の興味しか惹かなかった鉄路は、消え去ってもほとんど記録にも残っていないだろう。

 だがおかしなことに、埠頭運営会社の傍らに通っていた貨物専用線を新しい風景が更新しても、私の記憶の中に残存している在りし日の専用線は決して上書きされることはない。記憶はいつか揮発するのかもしれないが、置き換えられることはないのだ。だから近いうちにまたあそこを訪れて、そのことをあらためて確かめてみようと思っている。

                               (了)

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