オーディオの中抜け
オーディオマニアというほどではないけれど、セッティングやケーブルのチューニング、電源の選択などにそれなりに気を使うようになってから、もう30年が経った。
中古オーディオを買うようになったのは、それより少し前の1980年代後半。この頃は、1970年代に売られたアンプやスピーカーが中古屋さんにごろごろしていた。
あれから30年あまりも経過して、こちとら、もう還暦も過ぎてしまった。オーディオの良し悪しよりも、ぼちぼち自分の聴力の劣化に注意したほうがいいのではないかというような齢ではある。
そういう年齢になってしまう間に、ずいぶんとオーディオの世界は変化した。いちばん驚いたのは、サンスイやオンキョーといった、1990年頃に全盛だったメーカーが消滅してしまったことである。
両方とも、ボリュームゾーンは10万円くらいの中級機だったのではないかと思われるメーカーだ。オーディオの世界が潤っていた頃にはけっこう稼いだのではないかと思われるブランドでもある。
それが今や消失してしまったのだから、驚きを通り越して少々哀しい。それだけ世の中が変化したということなのであろう。
しかし不思議なことに、アキュフェーズやエソテリックやラックスマンと言った、30万円以上の高級機の市場で勝負しているマニアックなメーカーは健在なのだ。高級品は相変わらず売れているのである。
ひとつには、中級機を主に購入していた中間層が減ったということもあるだろう。また、住宅事情の変化もあるだろう。1980年前後には、中間層だって戸建ての住宅に住むことが多かったし、家庭から出る「音」の問題だって今ほどうるさくはなかった。
今では、普通の経済力の人々は、都市部を中心に集合住宅に住むことが多い。当然、音は出しにくくなる。1970年代に流行ったような3wayの大型スピーカーがあっても、大きな音で鳴らすことは難しい。
親世代がそういう風にオーディオから離れるようになると、子世代もオーディオというものを知らずに育つ。今の若い人の大半は、イヤフォンで音楽を聴いていると言われる所以である。それがヘッドフォンになったところで、大きな変化はない。
オーディオには「部屋を鳴らす」ようなところがあって、どうしても空間も必要になる。それが今の住環境ではなかなか得られない。
もはや現在のオーディオ機材の主力はPC等を核としたデジタル機器のネットワークに変化したから、こういう言い方そのものもすでに時代遅れなのであるが、アンプに30万円、CDプレーヤーに30万円、スピーカーに30万円、ラックや電源に10万円以上かけて、総額100万円以上の音を購入できる層は、住宅事情も良いことが多いだろう。
近所から苦情の出ない大きな家と大きな部屋に暮らし、防音工事にも出費することができる、そういう人たちが、ハイエンドなオーディオのユーザーなのである。
もちろん、住宅事情や環境が悪くても、良いオーディオのユーザーになることは可能である。スタックスの静電型ヘッドフォンで緻密な音源を聴くことなどもそうであろう。しかし、そこはあくまでも少数派だ。
10万円のアンプやCDプレーヤーやスピーカーシステムでそれなりに部屋の空気を鳴らす人々は、今や世間では絶滅危惧種になってしまったのだ。中堅ユーザーが没落してしまったから、そこを中心に売っていた中級機主体のメーカーも衰退した。哀しいが、そういうことではないだろうか。
もっとも、私などは、自慢ではないが、中級機を中古で買ってくるような層であるから、メーカーの売り上げにはろくに貢献していないので、そもそもこういうことをボヤく資格すらないのかもしれない。
私がこれまで見てきた範囲では、経済力のある人は、より良い音を模索する場合には機器を買い替えることが多い。それがままならない私のような経済力の男は、ケーブルをいじくったり、セッティングをあれこれ工夫するようなことで良い方向への音の変化を求めるのであった。
カネがあるかないかで、道楽の方向性も変わるものなのだ。
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