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「女性は自分で身を護る」を必ず考えないといけない、を少しでも変えたい

Facebookは、仲間内のコミュニケーション。同窓会とか、自分から入っていったコミュニティ内の近況報告する場。
Xは、ラジオみたいなもの。自分の好みの人を一人一人選んで、流れてくるタイムラインを受け取るという、ラジオ番組とパーソナリティを自分で集めるようなもの。自分がポストするのは、ラジオ番組に近況や意見をメールするようなもの。長文でも短文でもどちらでも大丈夫。

という上で。
Xでは昨日(2024年1月1日)より、能登半島地震で「女性が身を護るために」の投稿が多い。おそらく、男性の暴力性を許せない一人の女性が、多くの人に警告しているため。
警告は、被害に遭った人にとっては確率の問題ではなく、人生のすべてに影響するものだから、きっぱりと言い切らないといけない。

ここで「信頼し合えるようになるには」といった問いは、心がけで何とかしようとしているようで現実的でない。

日本でも数多くの災害を経験してわかっていることとして、
まずは、プライバシーを守る仕組みを作ること。(個人のことを必要以上に知りたがる。アウティングするなどもある)
面倒くさいだろうが、女性には身を護る行動をしてほしい。
着替え、トイレ、風呂、寝る場所を安全にする道具と仕組みを作る。(ツールがあればできることだから役所の責任。何がどの程度、という話は、近年の多くの災害ですでにまとまっているはずなので、その通りすればよい)


戦争(というより侵略)や災害が起こると、
女性への加害は、時代や国にかかわらず、混乱期には必ず起きている。
男性への加害は別の形で起こっている。

研究者は、どんな根本原因があり、どんな対処法があると提唱しているのだろうか。
これまでの事実から考えられることを言うだけで、両側からつるし上げをくいそうだけれど。

男性は社会からかなり甘やかされていることを自覚しないといけない。
男性は女性を見る際、「子供として愛している娘をなんとしてでも守るためには」と考えてもらいたいし、
「男として許されたり、下駄をはかされてきたことを自覚して、最後まで責任を取らないといけない、と考えた上で行動を決める」としないといけない。

直接の解決法ではないし、時間がとんでもなくかかるが、こんなものに取り組んではどうだろうか?

この年末年始で全国各地で見られた
・「女は台所、男は座って酒を飲むだけ」を再生産してきた
様々なものをやめる。

また、なぜかできていない
・風習、文化を守るためにも必要な、「伝えたいことをきちんと話し、相手の話を聴いて、恐れずに会話をする」

なぜこういう発想になるのかわからないのだが、
・「相手に言葉にさせないで、わかってあげたい」という謎の相手を尊重する発想をやめてみる。

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