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知識人はなぜ劣化したのか

知識人が劣化している。

そう感じているのは筆者だけではないだろう。

noteのようなテキストメディアに入り浸っている諸氏というのは、基本的に活字中毒者・猟書家が多く、同級生がサッカーやドッヂボールでワイワイと遊んでいるのを尻目に図書室で本を貪る生活を送ってきた人たちが多い。

彼らは古今東西の書籍から、「知識人」なる人々のきらめくような知性を浴びてきた。世の中にはこんな概念が、思想が、考え方が、知識が、理論が、詩情が、妄執が、存在するのか!そうした知的興奮があったからこそ、アウトドアにおけるスポーツよりも、インドアで知に耽溺することを選んだ。それが我々のはずだ。

ゆえに我々は、「知識人」に多くを期待している。彼らが我々をはっと言わせるような、概念を、思想を、詩情を、理論を、開陳してくれるのではないかと密かに期待しているからだ。

特に大学教員に対する期待は大きい。かつて図書館で貪った書籍の数々は、たいてい大学教員によって執筆されていた。彼らこそ知の最先端なのだろうと、我々は素朴に信じている。

その期待と信頼が、少しずつ壊れはじめている。

SNSというのは、ひとつの要因かもしれない。

SNSは個人を丸裸にした。その人の生活、思想、嗜好、交友関係。そういったものが、ほとんど丸裸になって可視化されるようになってしまった。

象牙の塔に住まう賢者たちも例外ではない。彼らの生活、思想、嗜好、交友、そういったものが次々と明らかになった。半神的存在だった知識人から、神秘のヴェールが剥がれ落ちた。

先日の呉座氏と北村氏の間で行われた極めてくだらない諍い。ああいう類の騒動はそれこそ無数にあって、知識人たちから神秘のヴェールを矧ぐのに大いに寄与した。また知識人と言ってもあくまで専門外の事柄については何も知らないのだと感じさせる事柄も多々生じた。

知識人が劣化したと感じるのは、そのようなSNSの負の側面なのだろうか?

もちろん、否である。

SNSで醜態を演じ権威を失墜させているのは、なにも「知識人」だけではない。医師、政治家、自衛官、アスリート、芸術家、ジャーナリスト、エンジニア、宗教家、教師。ありとあらゆる分野の権威が等しく醜態を演じ、その神秘性を剥奪されている。

であれば、「知識人」たちの劣化をSNSだけに求めることはできないだろう。確かにSNSによって知識人たちの劣化は可視化されたが、SNSは彼・彼女らをスポイルした主要因ではない。

なぜ知識人は劣化したのか。

筆者はそれを、代表性の欠如ゆえだと考えている。

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週に1-2回程度更新。主な執筆ジャンルはジェンダー、メンタルヘルス、異常者の生態、婚活、恋愛、オタクなど。

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