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ノーベル経済学賞を受賞したゴールディン氏は「フェミニズム批判」の大家だった

10月9日、クラウディア・ゴールディン氏がノーベル経済学賞を受賞した。氏は経済史と労働経済の専門家であり、「男女の賃金格差」の研究によって大きな業績を残し今回の受賞に繋がった。テレビや新聞などでも大きく報じられているので、既にご存じの読者も多いだろう。

このニュースに接して、「うわっ。またポリコレ研究が政治的理由で賞取ったのかよ…」という感想を抱いた方も多いかもしれない。確かにメディアの報道はおおむね「女性が受賞!」「男女の賃金格差!」「日本は遅れてる!」といったものであり、こうした記事に接しているだけでは上のような反応になってしまうのも致し方ないところがある。

しかしよくよくゴールディン氏の研究を調べると、その主張は我々が想像する「フェミニズム」とはまったく異なっており、むしろ「アンチ・フェミニスト」と呼ばれる人々の議論にきわめて近しいことがわかってくる。

本稿はノーベル経済学賞の受賞のきっかけとなったゴールディン氏の研究(特に「男女の賃金格差」の構造分析)のおおまかな内容と、「陰謀論的フェミニズム」に対抗する「実証的フェミニズム」の萌芽について綴っていこう。


「女性差別はもう存在しない」というスタート地点

ゴールディンの研究は、「女性差別は既にほぼ解消されている」という明らかにフェミニズム批判的色彩を持つ視座からスタートしている。

経済史家でもある氏は19世紀から20世紀末にかけての女性をそれぞれ5つのグループに分類し、それぞれの時代の女性がキャリアを築く上でどのような障壁が存在したかを様々な資料や統計から検証した。

引用:クラウディア・ゴールディン「なぜ男女に賃金の格差があるのか」P38

すると、時代時代の女性はそれぞれ異なる要因でキャリア形成を阻害されていることがわかってきた。

既婚女性に対する就業差別法案(マリッジバー)や、縁故採用を禁ずる法律が夫と同じ職場で働くこと難しくもさせた時代もあり、また家電製品が普及する前は家事育児の労働負荷が高く家庭と仕事を両立させることは困難という事情もあった。さらに二次産業が主体だった時代は製造業や建築業に対するスティグマから女性が働くことに積極的ではなく、二次産業から三次産業に経済の主体が移り変わってようやく女性がキャリアを築きやすくなっていったという面もあった。

しかし、ゴールディンがこうした研究に着手した1990年代の時点で、女性のキャリア形成を難しくする要因はアメリカ経済からほぼ取り払われていた。にも関わらず、キャリアを築く女性はほとんど増加しなかったのだ。

これにはどのような理由があるのか。自身を「探偵」になぞらえるゴールディンの問題意識はここから始まっているようだ。

著作の中で彼女はこう綴る。

今日の収入の男女差は、上司や同僚による差別や、女性の交渉能力の低さが大きく影響しているのだろうか。女性であるという理由、あるいは有色人種という理由だけで、差別され、賃金が低くなっている人は、確かにいるし、軽視すべきではないが、答えは断固としてノーである。今日の男女の所得格差(フルタイム労働者の場合、男性1ドルに対して20セント程度)のうち、これらの要因によるものは、ごく一部なのだ。

引用:クラウディア・ゴールディン「なぜ男女に賃金の格差があるのか」P217

「多くの人が、男女の収入格差は、お人好しの女性労働者を利用する偏見と差別に満ちた人物が引き起こしていると信じている」(同P219)として世間が「女性差別」に全ての問題を帰させようとする風潮を批判しながら、「真の問題」を経済学というツールを用いながら探求するというのがゴールディンの研究姿勢だ。

これを「フェミ学者のポリコレ研究」と呼ぶのはあまりに不適切だろう。むしろ彼女は全てを「女性差別」の結果として見る第二派以降のフェミニズムに批判的であり、例えば1960年代以降の女性労働者の増加にしても

彼女たちは教育やキャリアの選択において、1960年代と1970年代の「騒がしい」革命の影響よりも、比較的静かな革命の影響を受けた。

引用:クラウディア・ゴールディン「なぜ男女に賃金の格差があるのか」P49

として第二派フェミニズムの影響を過大評価することを諫めている。唯一邦訳がある氏の著作「なぜ男女に賃金の格差があるのか」では、第二派フェミニズムの切っ掛けとなった著名フェミニズム理論家ベティ・フリーダンの批判的検証にまるまる一章が割かれているほどだ。

このように、「主たる女性差別はもうとっくに解消されているにも関わらず、なぜ女性は社会進出できないのか」というのがゴールディンの一貫した問題意識であり、それゆえ彼女の業績は「家父長制による女性差別」の存在を声高に叫ぶ人々と対立せざるを得なかったのだ。

しかしそれでは、一体なにが女性のキャリア形成を妨げていたのだろうか。


女性の賃金が低くなる最大の要因

男女の賃金格差は「女性差別」では説明できない。むしろゴールディン氏は賃金格差は「男女間」ではなく同じ学歴を得て同じような仕事に就いている「女性間」において大きくなることを突き止めた。

たとえば

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