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虐待されればされるほど、子どもは親を愛するようになる

なんとも直感に反する話なのだが、親から虐待を受けている子供は、虐待親に対して無条件かつ苛烈な愛情を抱いていることが極めて多い。

どれほど無視されても、殴る蹴るの暴行を受けても、強姦を始めとする性的虐待の被害にあっても、子は親を愛することをやめない。いやむしろ、虐待されればされるほど、子どもは親を愛するようになると言っても良い。

これは一般的な家庭に育った方にはなかなか理解できない事柄のようだ。一般家庭で育った方は、「子から親への愛情」の根源に「親から子への愛情」があると考える傾向にある。つまり「愛されたから愛するようになる」という世界観に立脚しており、虐待のような非道が愛情につながるという理路を理解できないようなのだ。

愛されたから愛するようになる。確かに、成人間の友情や愛情ならそのような構図が成立しやすいだろう。他人から好かれれば嬉しい。その嬉しさが、対象への関心や好意を増大させる。それは「大人の世界」における余りにも当たり前の常識で、悪意や暴力から愛情は生まれないという定理はあまりにも当然のように感じられる。しかし「子供の世界」において、その定理は通用しないのだ。

そもそもなぜ、我々は「愛情」という機能を手にしたのだろう。

ホモ・サピエンスの幼体は極めて脆弱な生命体だ。立つことも歩くこともできず、母親から乳をもらわねば栄養を得ることすらできない。さらにホモ・サピエンスは児童期が他の哺乳類と比べて突出して長く、乳離れに1年以上かかり、成体に成長するまではさらに十数年の時間を必要とする。

そんな脆弱なホモ・サピエンスの幼体にとって、両親への愛情は自己の生存を可能にする唯一の手段だ。愛情ゆえに親を求め、愛情ゆえに親に従い、愛情ゆえに親から離れない。もし「親への愛」という本能を持たない赤子が生まれたら、あっという間に死んでしまうだろう。親への愛、それは子供にとって自己の生存を可能にする唯一にして最大の武器なのだ。

過酷な環境に立たされたとき、本能的な情動はその働きを強くする。飢餓状態では空腹が強まり、皮膚に異常が出れば痒みが強まり、仲間の群れから離れれば孤独感が強まる。情動は危機を知らせるシグナルとしての役割も果たすのだから当然だ。

それでは子供が過酷な環境に立たされたとき、一体何が起こるのだろう。親から暴力を受け、親から強姦され、親から無視され、子供の生存が危うくなったとき、当然、子供たちの生存を可能にするための本能が情動を強め始める。つまり虐待親への愛情がどんどん増していくのだ。

実際、虐待を受けている子供の多くは虐待親に対し苛烈な愛情表現を行う傾向がある。これはもちろん愛情表現によって被害を回避しようという意図も働いているわけだが、児童らの愛情は嘘でもなんでもなく、「本心」から虐待親を愛するようになってしまうケースが多い。

彼らの愛情が嘘でないことは、彼らが虐待親を庇おうとする傾向を見ればわかりやすい。被害児童の多くは周りの大人に対して虐待の事実を隠そうとし、時には積極的に親を弁護までする。しかも被虐待児童の多くは「躾け」が行き届いており、礼儀正しく理路整然と親を擁護したりもするから、彼らの献身も相まって児童虐待というのはなかなか明るみに出てこないのだ。児童虐待が「隠れた犯罪」と言われる所以でもある。

被虐待児童が見せる親への愛情の厄介さは、周りの大人の認識をゆがめてしまうことだ。

前述の通り、一般的な成人は「子供が愛情を示すのは親から十分に愛されているから」と考える。つまり親に対し苛烈な愛情表現を見せる児童を見れば、親から十分に愛を注がれているのだろうと考えてしまう。

しかし現実はその正反対だ。子が親に示す"過度な"愛情はその子が危機的な状況に立たされていることのシグナルであり、決して愛情を注がれていることのシグナルではない。にも関わらず、必死で親を庇い親を愛する子供を見て「きっと本当は愛情深い両親なのだろう」と周囲も勘違いしてしまう。

そのような錯誤は断片的な虐待の現場を目撃した後ですら発生する。「もしかして…」と思っても、親へ愛情を向ける児童の様子を見て「いやそんなはずがない」と虐待の可能性を打ち消してしまう。その錯誤は児童虐待への介入をしばしば致命的なまでに遅らせてしまう。

子供たちの「愛情」によって認識を捻じ曲げられてしまうもう一方の主体は、虐待の加害者である親自身だ。虐待親たちは子供を虐待することに対する微かな違和感を覚えてはいるが、子供たちから愛され、許され、庇われることによって「この子は私のことを愛してくれている」「この子は私のことを赦してくれている」と感じるようになる。

その結果なにが起こるのか。

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週に1-2回程度更新。主な執筆ジャンルはジェンダー、メンタルヘルス、異常者の生態、婚活、恋愛、オタクなど。

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