女性を「劣等種」として扱うフェミニストたち
フェミニズムとは男女平等思想である、と学校で教わった方は多いだろう。
男女に心理的・能力的な差異は存在せず、女性だからといって活躍の場から締め出すのは間違っている。古い家父長制的な考え方は女性を劣った存在とみなし女性から活躍の機会を奪っていたが、本来男女に差などないのだから今こそ機会の平等を実現しなければならない────。
男女平等思想、それこそがフェミニズムだと多くの人が考えているはずだ。しかし現実に存在するフェミニストの振る舞いを観測してみるとどうだろう。果たして彼・彼女たちは「男女平等」の信奉者と言えるだろうか。
例えば、先日こんな炎上事例があった。フェミニストであり性犯罪被害者の弁護を専門に手掛けるある弁護士が、「男性は性犯罪の被害にあっても心に傷を負わない」と主張し始めたのだ。
「男子生徒は性犯罪被害にあっても心に傷を負わない」という主張は言うまでもなく事実とは異なる。女性と同じく男性も性犯罪被害によって精神的外傷を負う。これはメンタルヘルスや児童福祉の領域ではほとんど常識として知られている。
さらに男性被害者は「男性が被害に合うなんて有り得ない」「男性が性被害で傷つくはずがない」という世間の眼差しに影響を受け、被害事実を他人に相談しない傾向がある。その結果、彼らは誰にも相談できず、また医療や司法をはじめとした専門機関によるサポートを受けることもできず、重篤な結果に陥ってしまうことも珍しくない。
「男子生徒は未成年淫行の被害にあっても心に傷を負わない」というフェミニスト弁護士の主張は、まさに被害者に対するセカンドレイプであり、性犯罪被害にあった男性が司法や医療に相談できない現状を形作っている社会的抑圧の典型例と言えるだろう。繰り返すが上で引用したツイートは性犯罪被害者の案件を専門に手掛ける弁護士のものだ。彼の中の「被害者」は女性に限定されているに違いない。
男女平等主義者であるはずのフェミニストがどこからどう見ても性差別主義者そのままの振る舞いを繰り返す。なんとも奇妙な話に聞こえるかもしれないが、こういった事例は枚挙に暇がない。
本音を言うと筆者は、フェミニストには性差別主義者が多く、反フェミニストには男女平等主義者が多いのではないかとすら思っている。そのくらいフェミニストを自称する人たちは日常的に性差別的な発言を繰り返しているのだ。おそらく、これは偶然ではない。
なぜフェミニストには性差別主義者が多いのか。なぜ男女平等思想をインストールするとフェミニズムに反感を抱くようになってしまうのか。本稿ではその構造について綴っていく。
女性を「劣等種」として扱うフェミニストたち
実のところ、男女の権利的平等はとっくの昔に達成されている。
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