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「男の娘」の40年史 またはブリジットをトランス女性にすることがなぜ反動的なのかの歴史的説明

人気男の娘キャラ「ブリジット」が、海外でトランスジェンダーとして扱われているというニュースが世のオタクを騒がしている。

ブリジットは2002年に発売された「ギルティギアXX」の登場キャラクターであり、ゼロ年代の「男の娘」ブームの火付け役として広く知られるキャラクターだ。日本では長年「男の娘」として扱われ「トランス女性」として扱われることは絶無に等しかった。

ブリジットは「とある事情から女性として育てられた男性」という設定を持つキャラクターであり、性の同一性に違和感を感じているわけではない。つまり「トランスジェンダー」としての要件を満たしているようには見えないのだが、海外のトランスライツ運動の影響などもあるのだろう。公式からして「トランス女性」という設定を採用してしまったようだ。

しかしはっきり言って、ブリジットを「トランス女性」とすることは反動としか言いようがない。日本の「男の娘」文化と西洋の「トランスジェンダー」文化は全く根底から別種の文化であり、歴史的にも文化的にもほぼ影響を受けていない。日本「男の娘」文化における要石とも言えるブリジットを「トランス女性」とするのは、文化盗用に等しいのではないかと筆者は感じている。

本稿では「男の娘文化の40年史」と題して、本邦の「男の娘」文化がいかにして成立したのか、またブリジットを「トランスジェンダー」とすることが日本の「男の娘」文化の文脈からして如何に反動的であるかについて綴っていく。

※なお本稿の著作権は外国語訳に限り放棄する


第一波:「女になりたい男」としての男の娘(80,90年代)

本邦における「男の娘」文化は、最初期においては「女になりたい男」という形で始まった。性別違和が描写されることはほぼ無いが、ジェンダーを変更したがってるという意味において現在の「トランスジェンダー」と近接的な形だったと言うことが出来るだろう。

「男の娘」の直系の始祖とされるのは1981年の「ストップ!! ひばりくん!」の大空ひばりである。ひばりは男性でありながら明確に女性となることを望んでおり、父親に自分を「娘」と呼ぶように要求し、学校でも戸籍を偽って女子生徒として生活している。恋愛対象も男性である。

引用:「ストップ!! ひばりくん!」コンプリートエディション第1巻より

しかし「ストップ!! ひばりくん!」はジャンルとしてはギャグ漫画であり、作中のひばりの扱いも「変態」であり「異常者」だった。

「マイナスイメージを持たれがちな『変態』が、超絶的な美少女少年だったら?」というギャップに根差した作品だったのだ。

引用:「ストップ!! ひばりくん!」コンプリートエディション第1巻より

「ストップ!! ひばりくん!」を祖とする「男の娘」キャラクター、つまり「女になりたい男としての男の娘」という設定は1980年代から1990年代にかけておおむね共通したものであったと言ってよい。

「こち亀」67巻(1990年)から登場するマリアは女性として生きることを望む男性であるし、「カメレオン」2巻(1990年)から登場するユウ(雄一)も典型的な「女性になりたがる男性」として描写されている、「バーコードファイター」(1992年)のヒロイン桜も性自認が女性の男性だ。

ただし1980年代と違い、1990年代以降の作品は「性自認が女性の人間は女性として扱うべし」という見解が作品の随所に見られるようになっていく。

「こち亀」ではマリアの求婚を無下にする両津が周囲から非難され、「カメレオン」では「囚われのお姫様」役を演じるユウ(雄一)を主人公であるヤザワが救出する展開が好意的に描かれ、「バーコードファイター」でも男の娘ヒロインである桜がクラスメートから女装を受け容れられている。

引用:「こちら葛飾区亀有公園前派出所」 67巻より

このように本邦における「男の娘」キャラクターは、まずは「女になりたい男」として、つまり現在で言うトランス女性の物語として始まった。もっとも当時の呼称は「ニューハーフ」もしくは「オカマ」だが、ジェンダーを男性から女性に変更したがっていたという点でトランス女性に分類することが可能だろう。

彼女らは1980年代においては「変態」であり「異常者」として扱われたが、1990年代以降は徐々に「女性」として扱われはじめ、尊重されうる立場を築いていく。

「男の娘」文化の第一波は「生まれつきの性別からの解放」として始まったと言うことができるだろう。


第二波:「女装を強いられた男」としての男の娘(2000年代)

第一波「男の娘」文化はある種のトランス女性としてはじまったが、その多くはギャグやコメディとしての受容であり、大きな人気を集めるには至らなかった。彼女たちはあくまで「女モドキ」であり「本物の女性」には及ばない存在と見做されていたのだ。

「こち亀」のマリアが111巻(1998年)で「本物の女性」に変身させられてしまうのは象徴的な出来事だろう。第一波の「男の娘」キャラはあくまで「女になりたい男」であり、それがキャラクターの内面やシナリオに暗い影を落とすこともしばしばだった。彼女たちの努力は多くの場合報われなかったのである。

この構造に、コペルニクス的転回を与えたのがブリジットである。

「ギルティギアXX」(2002年)で登場した彼は一見すると女性にしか見えない容姿を持つが、戸籍的な性別も、また性自認も男性である。彼はとある事情により両親に女性として育てられ、結果として女性にしか見えない容姿と仕草を身につけたが、第一波の「男の娘」キャラクターとは違い「女になりたい」という欲求を抱いていない。それどころか「影で男らしく努めること」を趣味としていたりもする。

ブリジットはその設定により「性に関する葛藤」や「女装ゆえの周囲との軋轢」から自由であり、明るく天真爛漫な雰囲気を醸し出していた。そして、このブリジットの人気が大爆発したのだ。「明るく天真爛漫な男の娘」というのは現在に至るまで「男の娘」の最も典型的なキャラクター造形と言えるが、その基礎を築いたのは紛れもなくブリジットだろう。「なんらかの理由によって女装を強いられている」という設定が、性に関する葛藤や周囲との軋轢から「男の娘」を開放したのである。

ブリジットのヒットを受けて、「強制女装」パターンの男の娘たちが次々と登場することになる。「ハヤテのごとく」(2004年~)の綾崎ハヤテや、「処女はお姉さまに恋してる」(2005年)の宮小路瑞穂、「アイドルマスター ディアリースターズ」(2009年)の秋月涼などはその典型だろう。

彼らはみな性自認が男性かつ容姿が女性的で、しかしなんらかの理由で女装を強いられており、それゆえ「トランス女性」特有の葛藤や軋轢とはほぼ無縁である。つまり「男の娘」の性自認をあえて男性にすることで、「男の娘」文化は多様なキャラクター造形を可能にしていったのだ。

そして第二波の「女装強制」タイプの男の娘は、次第に「性別を超越した男の娘」という第三波に至っていく。


第三波「性別を超越した」男の娘(2010年代~)

第二波の「男の娘」は外的要因によって女装を強いられたキャラクターだった。彼らは性自認は男性だが、女装にそれほど強い抵抗感を示さず、流されるままに女装するというシナリオ展開を経ることで第一波の「男の娘」には不可能だった様々なキャラクター性を獲得していった。

ここにさらなる、しかし極めて重要な変化が加わる。

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週に1-2回程度更新。主な執筆ジャンルはジェンダー、メンタルヘルス、異常者の生態、婚活、恋愛、オタクなど。

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