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フェミニストが知らないフェミニズムの歴史

フェミニズムの入門書を読むと、大抵いつも同じようなことが書いてある。

曰く、かつて女性は男性の奴隷であり、女性の権利はカケラも認められず男性によって支配されていた。そこから少数の女性が立ち上がり、女性の権利運動を興しはじめた。多くの妨害や中傷があったがフェミニストたちは不屈の精神で闘いぬき、幾世代に渡って女性の権利を獲得してきた。現代を生きるあなたもまた、立ち上がらなければならない──。

マルクスの階級闘争史観を男と女に当てはめただけのこのフェミ史観は、言うまでもなく徹頭徹尾すべてが嘘で塗り固められている。にも関わらず、この「歴史観」を本気にしている連中が運動家にも学問フェミニストにも腐るほど居るのだから呆れるしかない。

もちろん、一般の学生や社会人がこうした歴史観を信じ込んでしまうのは不可抗力というものだろう。ほぼ全ての入門書に同じような内容が書いてあるのだから素直に信じてしまうのも無理もないところがある。しかし研究者や理論家は資料に当たるのが仕事であるはずだ。彼女らがこの低劣な歴史観を振りかざしていることには不快感を通し越して生理的嫌悪すら抱く。

それでは本当のところはどうだったのか。結論から言えばこう言わざるを得ない。

女性の権利の拡大は、フェミニストらの政治闘争によってではなく、主に技術革新と生活様式の変化によってもたらされた。

ここ200年ほどのフェミニズム運動と、同時代の技術的・生活的変化についてつぶさに研究すると、このような結論しか導けないのだ。サフラジェット女性参政権運動家に代表されるような過激なフェミニズム運動は、女性の権利の拡大させるどころか、むしろそれを遠ざけていた嫌いすらある。

一例を挙げよう。英国において女性参政権が制定されたのは1918年のことだ。それではその直前にはさぞかし盛大な女性運動が展開されていたのだろうか?歴史が教えるのは、1914年以降、むしろフェミニズム運動の勢いは低調だったという事実だ。

1914年に第一次世界大戦がはじまると、それまで婦人運動に血道をあげていた女性の多くが愛国運動・戦争協力運動へと舵を切った。良心的徴兵拒否者を臆病者として罵り戦地に送った「白い羽運動」などは有名だ。戦時中の婦人運動家は参政権にほとんど興味を示さず、募兵運動や戦時労働などの戦争協力に熱中した。

その結果、どうなったか。

フェミニズム運動が最も低調だった第一次世界大戦末期の1918年2月において、完全ではないものの婦人参政権が制定され、数百万人の女性が選挙に投票するに至ったのだ。当然、ここにフェミニストの「闘い」などは微塵も介在していない。あったのはただ国家総力戦がもたらした劇的な生活様式の変化であり、社会観の揺らぎだろう。

女性参政権だけではない。

1800年代後半における女性の私的所有権や離婚権の確立、1950年以降の女性の労働進出、1960年以降の性の革命、およそ全ての「女性の権利」の獲得の背景には、各時代ごとの技術的、社会的、経済的な要請があった。そうした時代的要請によって女性の権利は拡大されていったのであって、フェミニストによる空理空論や馬鹿げた抗議行動はほとんど影響を与えなかった。

もちろん、「男は支配者で、女は奴隷だった」というフェミ史観も全ては歴史的事実ではなく空想の産物である。フェミニズムの歴史についてまともに学べば、それぞれの時代における女性の立場や権利にそれなり以上の合理性と必然性があったことが理解できるはずだ。

本稿は、そうしたフェミニズムの歴史について、「本当のところ」を追求していくことを目的としている。「男は支配者で、女は奴隷だった」というような劣悪な階級闘争史観のパロディではなく、それぞれの時代において男女はどのように生活し、どのような思想と運動が現れ、どのように諸権利が拡大されていったのかを知ることを目的とする。

フェミニズムについて喧々諤々の議論が交わされる昨今だが、女性の権利について考える上でも、またフェミニズムについて考える上でも、こうしたごく当たり前の知識こそが最も基盤となるのは言うまでもない。妄想をベースに論を戦わせば、得られるのは相互理解ではなく相互憎悪のエスカレーションである。

それでは前置きはこのあたりにして、実際の歴史を見ていこう。

最初にフォーカスを当てるのは1790年代、最初期のフェミニストが生まれた時代である。彼女たちは高らかに女性の権利を謳いながら、しかし同時代からはほとんど完全に無視された。

なぜ、最初期のフェミニストたちはこうも冷淡な反応を招いたのだろうか。

その答えは「家父長制」でも「女性蔑視」ではなく、

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週に1-2回程度更新。主な執筆ジャンルはジェンダー、メンタルヘルス、異常者の生態、婚活、恋愛、オタクなど。

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