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ちかき世のものがたりまとめ~正月から読者を減らす方向にぶっちぎる回~

「ちかき世のものがたりまとめ」2021年1月第1週

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及ばぬ高き姿を体現する

子宮系歌人 梶間和歌です。


新年の挨拶もそこそこに

和歌紹介、コラムまとめに入ったところ、


今年も安定的に少ない「スキ」を頂き、

いや、これ昨年の記事より数減っているのかな?

まあ、それはともかく、


梶間和歌の通常運転は相変わらず大勢に受けないなあ、

と年始から再確認しております。

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そんななかでも読んでくださったり

「スキ」まで付けてくださったりする方には、

いくら感謝してもし足りません。


ありがとうございます。

引き続き、本年もよろしくお願いいたします。

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しかし、おもしろい時代ですよね。


noteで記事や作品の発表をしている方のなかには、

世間のニーズと自分の美学とどちらに焦点を合わせるべきか

迷う、という経験のある方も多いと思う。


私のように

どう考えても大勢に受けないことはわかっているけれど

もうそれは仕方ないと割り切って自分の美学に振り切る人

……ばかりではないでしょうね。

(私タイプをバカともいいます。バカと天才は紙一重です)


一昔前までであれば、こういう生き方は

ゴッホのような死に方さえ引き受ける覚悟がないと

難しかったと思うけれど。

(まあ、私もホームレスぐらいはやったけどね! )


いまは、一生のあいだに接触できる人の数が

インターネットのおかげで桁違いに増えたこともあり、


大勢には受けない美学に振り切っていても

「それをこそ求めていた!! 」

という方と出会える可能性が、うんと高くなっている。


ニーズを無視して美学に振り切っても、

野垂れ死にしたり、絶望して自殺したりせずに

「こんな私の生き方に共感してくれる人がいるんだなあ」

と思える人間関係が持てる。


すごい時代だと思います。


そうやって私の生き方に巻き込まれてくださるあなたに

改めて「ありがとう」と伝えたいです。

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さて、アメブロのほうも、

まったく正月感もなければ

「ニーズ? なにそれおいしいの? 」みたいなコラム記事から

今年の更新を始めております。


今回のまとめでは、そちらを。


また「怖い」と言われるのかなあ……

絶対言われるやつだなあ……

むしろ「怖い」待ちしている面もあるかも……


と思っていたら、かえって好意的なコメントを複数頂き、

そういう方々のためにも

この方向性でもっともっとやってゆこう

とかえって勇気を頂きました。


改めて、すごい時代です。

美学に振り切っても生きてゆけるどころか

豊かな人間関係に囲まれて生きてゆける時代。


何度でも言わせてくださね。

ありがとうございます。

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1月1日 【正月から読者を減らす方向にぶっちぎる回】イデアの話【第1章】


和歌をはじめとした芸術全般おけるイデアの話。


自分の感情を吐き出したり

誰かに理解してもらったりすることを目的に

なにか作品を作ろうとする人


芸術というものを

そういう低俗な自己表現と混同して

鑑賞しようとする人には、


耳に痛い、またはそもそも理解できない記事に

なっただろうと思います。


ほかならぬ、新古今和歌に出合う前の私がそうだったわけですが、

永遠にそうであることはできませんでした笑

人間は、成長します。


……あれ? では、

この記事が理解できない人たちは、成長……(ごにょごにょ。


1月2日 【正月から読者を減らす方向にぶっちぎる回】イデアの話【第2章】


和歌における恋のイデアを考えてみましょう。


ラブラブハッピー? 有り得ません。


>いまここにあるべきものや

>あってほしいものが

>ない

>そのことを残念に思ったり

>そのものを強く求めたりする気持ち


を表す「恋」という語に両想いは含まれません。

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カッコつけて昔の言葉を使ったつもりで

現代語の感覚でそれらを使うことで

うっかり無知を晒さないよう、気をつけましょう。

だったら現代語で詠めばよかったじゃない。笑


同時に、自分が読み手である時に

あとがきにさえ書いて断ってある作者の前提をフル無視して

無意識に持っている自分の(現代的な)前提で読み、感想を送る

などという愚行も、慎みたいですね。


1月3日 【正月から読者を減らす方向にぶっちぎる回】イデアの話【第3章】


私の歌集

のあとがきの要旨は、

言葉を選ばずに要約するならば


短歌使ってオナニーやってる奴らといっしょにすんな


です。

これを非常にマイルドに表したのが

歌集のあとがきの言葉。

(ブログ記事で読めます)

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私の歌集は、現代短歌集ではなく現代和歌集


先人の営みにリスペクトを払い、それらを踏まえ、

そして乗り越える

ということを核とする和歌に取り組み、

その時点での集大成として整えた私の歌集を、


無手勝流で“自己表現”する人たちの短歌集を読むのと

同じ前提で

「和歌さんはこういう人生を生きているのか。かわいそう」

と読むなんて、的外れにも程があります。


しあわせな恋なんて、歌にするものではないのだよ。

現実の私がどんな人生を生きどんな恋をしていようと、

歌にする人生や恋がしあわせに満たされていてはいけないのだよ。


なぜって? 和歌だもの。

自己表現の短歌とは違うのです。


詠むべきイデアは決まっているし、


先人の定めたその対象のイデアと異なることを

その対象に関して表そうと挑戦するなら、

それ相応の覚悟を持ってやるものです。


ルールも知らずに気づいたら破っていた、というのは

型破りではなく形無しです。

カタの字が違うとはいえ、この言い回しは秀逸ですよね。


1月4日 【正月から読者を減らす方向にぶっちぎる回】イデアの話【第4章】


私は、いまのところ

現代短歌業界で売れっ子の歌人でもなければ、

和歌、短歌以外の分野でしっかり稼いで

余暇で和歌をやっているような人間でもありません。


ということもあり、歌集の注文が入れば

それはもちろんうれしいです。

添削や執筆など、和歌、短歌の仕事が何かしら頂けたら

もちろん有難いです。

たとえそこに金銭のやり取りが発生しなくても、

私の発信に触れ、定期的にそれを読んだり聴いたりする方が

増えるなんて、大歓迎です。



誰でも彼でも歌集を買ってくれたら万々歳、

読者の質は選びません、

私やほかの読者に対するリスペクトのない人でも

構わないからとにかく来てください、

1円でも払ってくれるならお客様は神様です、


というような節操のない情報発信、コミュニティ運営をする気は

皆無です。

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仮にこの世が、そんな無節操な運営をしなければ

経済的に成り立たない世界なのだとしたら、

喜んで野垂れ死にを選択します。

(そんな究極の選択を迫られたとしたら、

 きっとまともな読者さんたちが助けてくれますけれどね^^ )

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「歌集を読んでもらえるだけでも有難い」

「読者に注文を付けるなんて」

というのは、


結社内の知り合いに

頼まれてもいないのに送りつけることでしか

歌集を読んでもらえない、

贈答文化に毒された現代短歌の人たちの寝言でしょう。


そもそも、頼んでもいないのに送りつけられた歌集のほとんどは

数ページ読んで古本屋行き、

日本で一番歌集の揃っている本屋はBOOKOFF、

というブラックジョークもご存じない老害たちの

言葉でしょうね。


(こんな私でも、

 なかには読了し、大切に取ってある歌集もありますが、

 決して多くはありません)


この週の和歌紹介の記事は


この週を含む3週間分の和歌紹介記事をまとめた記事を

こちらに投稿しました。


ブログのこの次の週は、和歌紹介のみ。

コラムまとめはまたしばらくあとになりますが、

ゆるゆるとお待ちくださいね。


それでは、また次回。

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PS.


和歌の現代語訳記事はもちろん

コラム記事も死ぬほどあるので

「もう読む記事がない」となることはまずない、

梶間和歌ブログ。


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