見出し画像

【短編戯曲】シュニッツェル


シュニッツェル

作 松永 恭昭謀

登場人物
 男1
 女1
 女2
 男2
  
舞台
円形舞台。舞台中央に人間が入れるほど大きな白いお椀。

「すべての人が、幸福になることを求めている。そこには例外はない。どれほど異なる方法を用いようと、みながその目的に向かっている。」(パスカル)

 1

   お椀の中に、フリフリの服を着た女1がしとやかにいる。
   男1がやってくる。

男1 ただいま。
女1 おかえりなさい。食事にする? お風呂にする? 
   それとも。
男1 それとも?
女1 そ、れ、と、も。
男1 それとも?
女1 もー、いじわる。
男1 ああ、かわいい。
女1 もー。
男1 食べてしまいたいほど。
女1 もー。
男1 おいしそうだ。
女1 もー、私は食べられないわよ。
男1 え?
女1 もー、どうしたの。
男1 なに。
女1 そんな目をして。
男1 そんな目?
女1 飢えた獣ね、怖い怖い。
男1 怖い?
女1 もー。
男1 オレ、今なんて言った?
女1 もー。かわいい子牛ちゃん。
男1 子牛?
女1 もー。
男1 もーもーもー。牛はお前じゃないか。
女1 どうしたの。
男1 どうしたんだ。
女1 本当にかわいい。
男1 オレは誰だ。
女1 もーもーもー。あなたはかわいい子牛ちゃん。
男1 牛か。
女1 食べちゃうわよ。
男1 食べられたくない。
女1 ダメよ。あなたは牛なんだもの。
男1 オレは牛なのか。
女1 違う?
男1 牛だと思ったことはない。
女1 じゃあ、牛だと思ってみて。
男1 今?
女1 今。
男1 牛だろうか。
女1 考えてる?
男1 考えてる。牛だろうか。
女1 あなたは牛よ。
男1 牛だとしたら、オレはなんだろう。考えてるオレは
   牛なのか。
女1 考える、ゆえにあなたは牛。
男1 考える牛。
女1 もー。
男1 もー。
女1 もー。
男1 もー。牛ってなんだ。
女1 牛は牛よ。
男1 もー。
女1 もー。
男1 オレは牛なのか。
女1 牛なら食べちゃう。
男1 牛だから?
女1 だって牡牛でしょう? 牡牛は食べる以外に飼う理由は
   ないでしょう。
男1 そうだ。牡牛は主に畜産用だ。
女1 でもこのままじゃ食べられないわね。
男1 どうしたんだ。
女1 どうしたらいいんだろう。
男1 オレは牛なのか。
女1 考えて、ちゃんと。あなたは牛。
男1 オレは牛。
女1 こういう時はその道のプロに聞くのが一番ね。
   もちはもち屋。
男1 もち屋。
女1 牛は牛屋。
男1 牛屋?
女1 今は便利よね。スマホのアプリですぐに配達。
   はい、ぽちっと。

   大きな料理運搬用バッグを背負った男2がやってくる。

男2 お待たせしました~。料理配達です。
女1 早い。
男2 件数こなしてなんぼですから。
女1 牛さんをお願い。
男2 料理の運搬じゃないんですか。
女1 食材の運搬も同じことでしょう?
男2 そういうのは、前もっていってほしいんだけどなあ。
   アプリにチェックボックスがあるでしょう。
女1 そうなの? ごめんなさい。
男2 まあ、できるんですけど。
女1 ありがとう。
男2 件数こなしてなんぼですから。
男1 オレはどうなるんだ。
女1 どうなるの。
男2 そうですね。

   男2、男1を値踏みする様に見て、

男2 吉野家、松屋、すき家、どれが好きですか。
男1 牛的にいやな三択だな。
男2 そんなもんですよ。
女1 かなしい。こんなかわいいのに。
男2 牛は牛屋ですから。
女1 牛は牛屋なのね。
男1 牛ってこんなことになるのか。
女1 考えて、もっとちゃんと、あなたは牛だって。
男1 考える、牛。
女1 悲しいわね。
男2 では、そろそろ行きましょう。
男1 も~~。

   男2、男1の顔に縄をかけて、それを引っ張って、
   舞台を一回りする。
   男1はその間、悲し気に「もー」と鳴いている。
   それをみて、女1は歌っている。

女1 ドナドナド~ナド~ナ~。子牛を乗せて
   ドナドナド~ナド~ナ~。荷馬車が揺れる~♪
   (繰り返す)

   女1に見送られながら男1・2、去る。
   暗転。

 2

   サングラスをして油を塗っているのかテカテカの水着姿の
   女2がお椀の横で寝そべっている。

   お椀の中から男1の声がする。

男1 あちち。

合成音声 注文番号4874番でお持ちのお客様、
   お待たせいたしました。

   女2、ちらっとサングラスを外して、出入り口を見るが、
   すぐに元に戻る。

男1 あちちちち。あの、あのう。

   女2、しばらく聞こえないふりをしていたが、
   やがて声の主を探すが、姿が見えない。

男1 あの、

   男1がお椀から顔を出す。頭には手ぬぐいが
   乗せられており、浴槽につかっているようでもある。

女2 びっくりした。
男1 すごく熱いんですけども。
女2 何してるんですか?
男1 簡単に言うと煮られてるのかと。
女2 煮られてる?
男1 出汁醤油でじっくりコトコト。
女2 なにか悪い事したんですか?
男1 してないことはないですけど、煮られるほどのことは。
女2 煮られないほどの事なら、悪い事したんですか。
男1 そりゃあねえ。
女2 なにしたんですか。
男1 女性関係でごにょごにょと。
女2 それは煮られますね。
男1 これで煮られますか。

   女2、寝そべる。

男1 ちょっとちょっと。
女2 なんなの、もう。
男1 熱くって。
女2 煮られてるんですよね。
男1 そりゃしっかり、じっくり、コトコト。
女2 じゃあ熱いもんでしょう。
男1 ですけど熱いのはいやなんですよ。
女2 揚げられるよりいいじゃないですか。
男1 揚げられるのは嫌ですね。
女2 よかったです。

   女2、元に戻る。

男1 熱いなあ。本当に熱い。熱くてたまらないなあ。熱い熱い。
女2 うるさいなあ。静かに味が染みるのを待ったらどうですか。
男1 だって熱いんですもん。
女2 ひよこみたいにピーピーピーピー。
男1 ひよこじゃありませんよ。
女2 じゃあなんなの。
男1 牛です。
女2 なんだ牛か。気楽でいいですね。
男1 気楽じゃないですよ。熱いんです。
女2 いいじゃないですか、揚げられるんじゃないんだから。
男1 そいういうあなたは何をしてらっしゃるのですか。
女2 見てわかりませんか。
男1 いい眺め。
女2 獣め。
男1 牛です。
女2 牛は獣じゃないの?
男1 家畜です。
女2 家畜め。
男1 家畜です。
女2 どうみても、焼いてるでしょ。
男1 日焼けは肌によくないですよ。
女2 日サロじゃないんだから。
男1 じゃあなんなのですか。
女2 遠火の強火で芯までしっかりとかつジューシーに
   焼かれてるんです。
男1 すいませんでした。
女2 なんなら代わりますか? 熱いのは変わらないですけど。
男1 こっちでいいです。
女2 だまって染みてりゃいいんです。
男1 そういうあなたも牛ですか。
女2 やめてよ牛だなんて。
男1 じゃあ美しい人間女性だ。いい眺め。
女2 それが違ったの。
男1 となると・・・いや、やめときます。
女2 なに、なんなの。
男1 牛じゃないなら、豚かと。
女2 火、強めます。
男1 熱い熱い。
女2 失礼な、どこが豚なの。
男1 熱い熱い、じゃあなんなんですか。
女2 どっからどうみても、鳥でしょう。鳥のようにしっとり。
男1 その通りでした。すいません、ちょっと火を。
女2 しかたない。
男1 ありがとうございます。いい出汁加減。
女2 失礼な。
男1 そうですか、あなたは鳥なんですね。
女2 そうなの。鳥だったの。ニワトリ、こけこっこ。
男1 もー。
女2 あなたは牛ね。クックドゥドルドゥ。
男1 ムー。食べられるのは嫌じゃないですか?
女2 嫌なの?
男1 嫌じゃないんですか。
女2 嫌か。
男1 はい。
女2 どうでもいいかな。
男1 どうでもいい。
女2 だって、死んだらなにも分からないでしょ。
男1 それはそうですけど。
女2 じゃあ考えても考えなくても一緒だし。
   てか、考えてもすぐ忘れるの、鳥頭だから。
男1 なるほど鳥ですね。
女2 むしろ、ここまで成長できてよかったって感じかな。
男1 よかった?
女2 兄や弟たちはもうすでに肥料になっちゃった。
男1 肥料ですか。
女2 ぱかりと生まれた瞬間に、オスかメスか判別されて、
   オスのひよこはポリバケツにポイ。積み重なる兄弟たちの
   鳴く声が徐々に消えていくのを聞きながら、私は育った。
男1 なんと酷い。
女2 酷い?
男1 だって、そうでしょう。
女2 そういうもんだと思ってた。そうか、酷いのか。
男1 人間の幸せの為に、せっかく鳥に生まれたのに自由に空を
   飛ぶこともなく、ただ食べられるだけだなんて。
   なんてかわいそうなんだ。
女2 そうか、私、かわいそうなんだ。私かわいそう。
男1 鳥としての幸せがあるはず。
女2 鳥としての幸せ。
男1 人間が幸せを求めるように、鳥だって幸せになりたい
   でしょう。
女2 鳥としての幸せってなに?
男1 なにといわれても。鳥じゃないので。
女2 じゃあ牛の幸せって何?
男1 牛の幸せ?
女2 そう。牛の幸せ。
男1 それは・・・。
女2 あなたは牛。
男1 オレは牛。
女2 考えてる?
男1 考えてる。牛の幸せ。
女2 牛の幸せ。
男1 牛の幸せとはなんだろうか、牛はなにを幸せだと
   思うんだろうか。そもそも幸せを感じるんだろうか。
   だとしたらオレは牛なんだろうか。
女2 幸せな牛の牛の幸せ。
男1 牛の幸せ。
女2 こけこっこー。
男1 もーもー。牛の幸せってなんだろう。
女2 cock-a-doodle-doo (クックドゥドルドゥ※英語)
男1 moo moo(ムームー ※英語)
女2 咯咯(ガーガー※中国語)
男1 哞哞(モウモウ※中国語)
女1 quiquiriqui(キッキリキー※スペイン語)
男1 muuu muuu (ムームー※スペイン語)
女1 (クックーエーココーコ※アラビア語)
男1 (ムームー※アラビア語)
女1 KYKapeky(クカレクー※キルリ語)
男1 му-у, мычит(ムームー※キルリ語)
女2 幸せが何か分からない、すぐに忘れてしまうから。
   何が不幸か分からない、何も覚えていないから。

   疲れた様子の男2が、カバンをおろしながらやってくる。

女2 なににしますか。
男2 チキンステーキ定食にしようかな?
男1 牛丼ちゃうんかーい。
男2 いいでしょ、なんでも。
女2 大変大変。ちょっとそこどいて。
男1 はい。

   男1、お椀から出て男2の前にコップを差し出す。
   入れ替わりに女2、お椀の中に隠れる。

男1 君は。
男2 どうも。今日は客です。
男1 そうなんだ。
男2 料理配達員だって運んでばかりじゃなくて、
   食べないといけませんから。
男1 そりゃそうだ。
男2 そりゃこんな安いだけの店じゃなくて、
   もっと美味しいものが食べたいですよ。
男1 ひどいこというなあ。
男2 料理配達員ってのは金はない。お金があるなら
   食べてみたい。けどお金がないから配達するしかない。
   配達すりゃ腹が減る。安い早いうまいがあるから働ける。
女2 牛丼一筋 300年 はやいの うまいの やっすいの~♪
男1 安くて早くて美味しいのは嬉しい。

合成音声 注文番号4875番でお持ちのお客様、
   お待たせいたしました。

   女2、着飾って男2の前にしなやかに座る。

女2 よろしゅうおあがり。
男2 早いなあ。
男1 それは人間の女性じゃないですか。
女2 鳥よ。
男2 食えりゃなんでもいいんです。
男1 なんでもってねえ。
女2 なんか悲しい。
男2 関係ないですよ。食べなきゃ死ぬんだから食べるんです。
男1 そりゃそうだ。

   男2のスマホが鳴る。

男2 おっと仕事だ。ちっ、飯食う時間もない。
男1 かわいそうだね。
男2 お金も時間も自由もない。生きてる意味もないのかも。

   男2、慌ててカバンを背負う。

合成音声 注文番号4876番でお持ちのお客様、
   お待たせいたしました。
男2 ちわ~。料理宅配できました~。
女2 あなたの番。
男1 オレ?
男2 なんだあんたか。じゃ行きましょうか。
男1 今度はどちらへ。
男2 知らない。料理を食べたい誰かの所。
男1 やだなあ。食べられたくない。
男2 いまさら言ってもしょうがないでしょ。
   ここまでくれば美味しく食べてほしいってなりませんか。
男1 そりゃ人間からするとそうだろうけど。
男2 せっかくなら美味しく頂きたいもんです。
男1 ここじゃ、そうでもないだろうけど。
男2 安い早いも味のうちってね。さあ、行きましょう。
男1 やな言葉だ。
女2 ちょっと待って。食べてもらえなかった私はどうなるの。
男2 廃棄します。
女2 廃棄?
男2 捨てます。
女2 そんな、まだ食べられるのに。
男2 食べかけの物をほかのお客さんに出すわけにはいかない
   でしょ。
男1 そりゃそうだ。
男2 日本では年間600トンのまだ食べられる食べ物を
   捨ててるんです。
女2 私は何のために生まれたの。
男2 人間だって同じですよ。社会的に美味しくなけりゃ
   見向きもされずに捨てられる。ああ、お金も時間も
   自由もない。これじゃ生きてる意味もない。

   男2、カバンから、「牛丼」と書かれたビニール袋で
   作られた上着を出して、男1に着せてそれを引っ張って
   舞台を一回りする。
   それを見て女2は歌っている。

女2 
 お金も仕事もないないない
 時間も自由もないないない
 これじゃ生きてる意味もない
 だけど腹は減るもんだ
 腹が減っては戦はできぬ
 
 ハイ、グーグーグー グーグーグー。
 ハイ、グーグーグー グーグーグー
 寝てもさめても腹は減る
 生きてる限り、腹が減る

   女2に見送られながら男1・2去る。
   暗転。

 3

   女1が、お箸を持ってカンカンと鳴らしてリズムを
   取っている。

女1 牛丼一筋 300年 はやいの うまいの やっすいの~♪  
  (繰り返す)

   男2に連れられて、男1がやってくる。

男2 お待たせしました~。料理配達です。
女1 はーい。
男2 はいどうぞ。
女1 ご苦労様。チップ弾むわね。
男2 あざま~す。

   女1、スマホを持って送信ポーズ。
   チャリーン的な音が鳴る。

男2 失礼しまったー。

   男2、去る。

男1 めしあがれ。
女1 いただきます。食事にする? お風呂にする? それとも。
男1 それとも?
女1 そ、れ、と、も。
男1 とにかく腹が減った。
女1 もう、つ、ま、ら、な、い。
男1 人間だって牛だって、腹が減るんだ。生き物は腹が減る。
女1 本能よね。
男1 牛はもういい。
女1 考えた?
男1 考えた。牛だった。
女1 牛だったでしょ。
男1 牛だった。
女1 牛のあなたもかわいい。人間のあなたもかわいい。
男1 人間って幸せだ。君を見てると幸せだ。
女1 幸せ。
男1 けど時々幸せでなくなる。
女1 悲しい。
男1 ある瞬間、ふと、ふとしたある瞬間、

   女1、去る。

男1 まるで自分が自分でないように、違うな、まったく自分じゃない自分っていうか、自分で分からない自分がそこにいるっていう。とまどうだけなんだけども。それが愛とか愛情とかなるんだろうけど、それとは別の本能的な欲求なんだ。それをひどく驚く自分がいる。まったく自分は自分を理解していない。意識とか思考とかそういうものを簡単に支配するそれはやっぱり人間の本能なんだろうね。もしそれが食欲ならば本当に君を食べたいと思うことがあるのか。それを認めたくない自分があるとしてもそれは存在してしまうという恐怖を感じる。でも、それが人間である証拠であるなら人間であるよりも、ボクは牛になりたい。そして君に食べられたい。

   女1、料理を持ってやってきて男1の前に置く。
   (必要なら男1がテーブルを出してくる)

男1 これはなんて料理?
女1 シュニッツェル。
男1 シュニッツェル?
女1 ウィーン風カツレツ。薄く切った仔牛のお肉を
   とんとん叩いて薄くして、小麦粉をたっぷりつけて、
   溶き卵に潜らせてパン粉をつけて、たっぷりの油で
   揚げ焼きしたの。

   男1、女1の料理の説明を神妙に聞いている。

女1 食べないの?
男1 食べるよ。
女1 食べて。
男1 食べないといけない。
女1 そうよ。食べないといけないの。私たちは。
男1 なぜ食べられるのか。
女1 なぜ食べるのか。よろしゅうおあがり。
男1 いただきます。

   男1、黙々と料理を食べる。

女1 ご飯の後はどうする? お風呂にする? それとも。
男1 がおー。
女1 こわいこわい。獣ね。
男1 がおー。



PDFファイル

コチラをご利用ください

使用許可について

基本無料・使用許可不要。改訂改編自由。作者名は明記をお願いします。
上演に際しては、観に行きたいので連絡を貰えると嬉しいです。
劇団公式HP https://his19732002.wixsite.com/gekidankita

劇作家 松永恭昭謀(まつながひさあきはかりごと)

1982年生 和歌山市在住 劇団和可 代表
劇作家・演出家
深津篤史(岸田戯曲賞・読売演劇賞受賞)に師事。想流私塾にて、北村想氏に師事し、21期として卒業。
2010年に書きおろした、和歌山の偉人、嶋清一をモチーフとして描いた「白球止まらず、飛んで行く」は、好評を得て、その後2回に渡り再演を繰り返す。また、大阪で公演した「JOB」「ジオラマサイズの断末魔」は大阪演劇人の間でも好評を博した。
2014年劇作家協会主催短編フェスタにて「¥15869」が上演作品に選ばれ、絶賛される。
近年では、県外の東京や地方の劇団とも交流を広げ、和歌山県内にとどまらない活動を行っており、またワークショップも行い、若手の劇団のプロデュースを行うなど、後進の育成にも力を入れている。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?