見出し画像

【中編戯曲】基盤の整備及び環境の形成

基盤の整備及び環境の形成

登場人物
 女
 先輩
 後輩
 売り子
 外人
 
舞台
舞台中央に柱。舞台奥には揚幕。
上手の手前と奥に出入り口が2つ。この出入りに関しては記述がない限り、基本的には奥の方からなされる。

我々は、このような文化芸術の役割が今後においても変わることなく、心豊かな活力ある社会の形成にとって極めて重要な意義を持ち続けると確信する。

文化芸術基本法 前文一部抜粋


開演前。
柱に女が繋がれている。
女はうつむいてなにも反応しない。

時折、ラフな格好の中年の役者(売り子)が客席でハンドベルを鳴らしながら食べ物や飲み物を売り歩く。

開演5分ほど前に、いかにも温泉帰りな浴衣姿の男二人(先輩・後輩)が客席側の入り口からやってきて、壁際に座りただ世間話をしている。

後輩 ところで先輩。
先輩 ん、
後輩 動かないですね。
先輩 そうだな。
後輩 地方ってのは動かないもんなんですか。
先輩 地方だから動かないってことはないだろ。
後輩 先輩が言ったんじゃないですか。たまには地方のこういうところも見といたほうがいいっていったの。
先輩 オレだってこんなに動かないとは思わないだろ。
後輩 動きますよね。
先輩 オレに聞くなよ。もうちょっと待ったら動くかもしれないだろ。
後輩 そうですか。
先輩 今はまだ動いてないから動いてないなってなるけど。動いたら最終的には動いたなってなるだろ。
後輩 ええ、そりゃ動いたらですけど。逆にここまで動いてなかったら動かないもんじゃないかってなりますよ。
先輩 動くまで時間がかかる時もあるだろ。
後輩 まさかこのまま動かないなんてことありますかね?
先輩 そもそも動きゃいいってもんでもないだろ。
後輩 動かないとかキツイですって。
先輩 動かない、よさもあるだろ。
後輩 ありますけどこれは動くべきでしょ。
先輩 そりゃ動くか動かないかでいえば動いたほうがいいとはおもうけど、動かないからこそ見えるものもがあるだろ。
後輩 よくわかんないです。
先輩 だからお前は駄目なんだよ。
後輩 動かない良さがわかるオレ、すげーってやつですか。
先輩 なんだよ。
後輩 なんですか。
先輩 見ろよ。動いてないだろ。
後輩 いってるじゃないですか、動いてないですねって。
先輩 お前の中でもう動く前提で見てるわけだ。違うだろ。今動いてないのになんで動きを見るんだ。
後輩 他に何を見るんですか。
先輩 なんでここにあるものを見ずに、ないものを求めるんだって話。
後輩 どういうことですか。
先輩 存在だよ存在。
後輩 存在。
先輩 今彼女はオレの目の前に存在する。
後輩 動いてませんけどね。
先輩 動く動かないの問題じゃないんだよ。彼女が今、ここに存在するっていうことは、彼女は今、ここ以外には存在しないっていうことだろ。
後輩 そうですね。そんな科学技術はまだありませんね。
先輩 そうだ。グーグルがまだそんな発明したっていうのは聞いてない。
後輩 ファーウェイも頑張ってますけどね。
先輩 日本にも頑張ってほしい。だけどまだそんな科学技術は発明されていないし、そもそも開発すらされてないのかもしれない。ということは彼女はオレの目の前にのみ存在するし、オレの目の前以外には存在しない。
後輩 そうですね。そうなります。
先輩 彼女は今、オレだけのものだ。
後輩 違いますよ。
先輩 違うか。
後輩 違います。
先輩 そうだとは思った。
後輩 思ってたんですか。
先輩 でも彼女は今オレの目の前にいる。
後輩 だからってボクも見てますし。
先輩 お前、目をつむれ。
後輩 そういう問題ですか。
先輩 いいからつむれよ。
後輩 先輩、彼女作ったらどうですか。
先輩 うるせえ。作らないんじゃないんだよ。作れないんだよ。
後輩 そうですか。
先輩 ああ、オレは彼女を今見ているんだな。そして他にはいないんだな。現在この現在の幸せなんだよ。
後輩 (女に)あの、動いてくれませんか。
先輩 やめろよ。
後輩 妄想だって動いてたほうがいいに決まってるじゃないですか。先輩もそうでしょ。どちらかと言えば動いたほうがいいなってところじゃないですか。
先輩 そりゃ動いたほうがいいに、こしたことはないけど。
後輩 じゃあ動けばいいじゃないですか。動かないとかありえないですよ。
先輩 でも、動いたとするだろ。
後輩 ええ、動くべきです。
先輩 そしたら動いてない良さは消えるな。
後輩 いいんですって。だから動かない良さとか、なんで受け身なんですか。それってこっち側の負担が多くないですか。
先輩 それは好みの問題だろ。
後輩 出さないと、いいところどんどん表現しないと。外に出さないと。見つけてね♪じゃないんですよ。表現しないと表現。
先輩 別に動いたからって表現ってわけでもないだろ。
後輩 動いてなんぼでしょ。まず動く。で動かないっていう良さがわかるんじゃないですか。動かない動きなんてなんじゃそれですよ。仕事があるから休みがあるんですよ。毎日休みならただの無職ですよ。
先輩 興奮するなよ。
後輩 してませんよ。
先輩 そもそも動いてないわけでもないだろ。
後輩 動いてないじゃないですか。
先輩 よく見ろ動いてるだろ。
後輩 動いてないですって。
先輩 そうか。
後輩 地球が動いてるから我々は動いてるみたいな脳トレ的なやつですか。
先輩 違うって、よく見ろ。いいからお前はまず見ろ。そっからだろ、見ろ。
後輩 はい、見ました。
先輩 本当に動いてないか。
後輩 瞬きはしてますね。息とかもしてるし。
先輩 だろ。動いてるだろ。
後輩 そりゃそうですよ。心臓とか呼吸はしてますよ。
先輩 動いてるんだよ。動いてないと思うから動いてないんだよ。動いてるんだよ。
後輩 動いてるのか。
先輩 動いてる。
後輩 動くの定義の話からですか。こういう話しますか。
先輩 逆に聞くけど、なんでそこまで動いてほしいんだ。
後輩 悔しいんですよ。動けますよね。動けるんですよ。動けるのに動かないんですよ。悔しくないですか。動けって。
先輩 動けないのと動かないはまた違うだろ。
後輩 (女に)動けないんですか。動かないんですか。
先輩 やめろよ。
後輩 なんでですか。
先輩 あのな、オレたちは見る側だ。こっちは見られる側。こう壁があるの壁が。
後輩 壁なんかないですよ、ほら。
先輩 だからやめろって。
後輩 なんでですか。
先輩 オレたちは受け取る側なんだから出しちゃ駄目なんだ。
後輩 古いです。見る側があって初めて見られる側が存在するんです。
先輩 なにいってんだ。見るものがないと見られないだろ。
後輩 見ないと見られることにならないです。
先輩 見られなくたって存在はできるだろ。
後輩 それじゃあ見られる存在じゃないですか、見られて初めて見られてるわけなんですから。
先輩 もうお前はぐじゃぐじゃ考えすぎなんだよ。そこまで考えるならなぜ動かないのかってところは考えないのか。
後輩 考えましたよ。
先輩 じゃあわかるだろ。動かないのか動いてないのか。
後輩 わかりません。
先輩 わからないのか。
後輩 だから嫌なんじゃないですか。
先輩 嫌って子供か。
後輩 違いますよ。提示されてないわけでしょ。動くのか動かないのか。もしかしたらこれが動いているのか。そもそも動いたからなんなのか。結果じゃないですか、ボクらが受け取るものっていうのは。その原因、理由がまったく提示されずにこうやって結果だけみせられても。で、なんなんですかってどうしたらいいんですかってなるじゃないですか。それが嫌なんです。
先輩 だからそれが自由なんだろ。
後輩 違いますよ。こんなの自由じゃないですよ。不安になるじゃないですか。まるで初めて鏡を見た原始人ですよ。悪意を感じます。
先輩 悪意ってお前が勝手に感じてるだけじゃないのか。そんなに複雑な問題じゃないんだって。
後輩 じゃあ、なんだっていうんですか。
先輩 ただそこにある。それがいいんだ。
後輩 はぁ。
先輩 愛でるんだ。日本にはその文化があるんだから。
後輩 それは甘えでしょ。
先輩 甘え。
後輩 楽しませる。その気持ちを見せてほしいんです。
先輩 何様なんだ。楽しませろっていうのはエゴだなエゴ。
後輩 なんでですか権利ですよ権利。
先輩 お前には楽しんでいこうという気持ちがないんだ。
後輩 ありますよあるじゃないですか。
先輩 だいたい文句が多いんだ。
後輩 文句じゃないですよ意見です。率直な感想ですよ動いてほしいなって。
先輩 それがすでに受け入れてないんだ。動かない。なんでか。なんだろう。かわいいな。かわいいかわいい。見てたいな。
後輩 先輩駄目ですって。そもそも先輩が見てるから動かないんじゃないですか。先輩に見られて動く気がなくなったかもしれませんよ。
先輩 そんなわけないだろ。
後輩 じゃあ一度目をつむってみてくださいよ。
先輩 なんでだよ。
後輩 いいから、そしたらなにか状況が変わるかもしれないでしょ。
先輩 わかったよ。
後輩 後ろ向いて。
先輩 なんだよめんどくさいなぁ(後ろを向く)
後輩 おおおお!
先輩 (振り向く)動いたか。
後輩 めちゃ動きましたよ。
先輩 ウソつけ。
後輩 嘘です。
先輩 嘘か。
後輩 嘘でした。
先輩 動いてないよな。
後輩 先輩もちょっと動いてほしいんじゃないですか。
先輩 動けば動いたでいいもんだ。
後輩 動かないですけどね。
先輩 今度はお前が目をつむれ。
後輩 ボクですか。
先輩 意外とお前が原因の可能性もあるぞ。
後輩 ボクはいいですよ。
先輩 やっとけ。いいから。
後輩 やらないとどうなります。
先輩 動かない。
後輩 やっても動きませんよ。
先輩 やって動かないのとやらなくて動かないのだとやったほうがいいだろ。
後輩 そうですけど。
先輩 ほらやれよ。
後輩 はいはい。
先輩 後ろ向け。
後輩 はい。(後ろを向く)


客席入り口から売り子がハンドベルを鳴らしながら食べ物や飲み物が乗った配膳台を押してやってくる。

売り子 コーヒーに缶ビール、お弁当にお土産品はいかがですか。あつあつのお茶に、キンキンに冷えた缶ビール。美味しい美味しいお弁当。旅の記念にお土産も取り揃えております。コーヒーに缶ビール、お弁当にお土産品はいかがですか。
先輩 すいません。
売り子 ありがとうございます。
先輩 あ、そうじゃなくて。
売り子 草加せんべいはありません。
先輩 違うんです。
売り子 チーたらはあります。
先輩 あの女の子なんですけど。
売り子 はいはい。
先輩 動きませんか。
売り子 ああ、あの女の子ね。
先輩 動かないかなって。
売り子 動きませんか。
先輩 動かないですね。
売り子 そうですか。(行こうとする)コーヒーに缶ビール、お弁当にお土産品はいかがですか。
先輩 ちょっと待ってください。
売り子 ありがとうございます。
先輩 あの子。
売り子 数の子はありません。
先輩 どんどん苦しくなってるでしょ。
売り子 どんどん焼きはありますよ。
先輩 懐かしい、駄菓子のですか。
売り子 いやいやこの地域でよく食べられる小麦粉を薄く伸ばして焼いたものを巻いてソースをかけたものです。
先輩 それは美味しそうだ。
売り子 おいしいですよ。
先輩 おいくら?
売り子 たった300円。
先輩 一つ下さい。
売り子 ありがとうございました。(行こうとする)コーヒーに缶ビール、お弁当にお土産品はいかがですか。
先輩 ちょっとちょっと。
売り子 ビールですか?
先輩 違います。あの子、動かないのですかって聞いてるんです。
売り子 やっぱり動くもんですか。
先輩 そうですねぇ。動くといいかなとは思います。
売り子 なかなか難しいですねぇ。このビールはここで作った地ビールでのど越しが他とは違います。さっきのどんどん焼きとよく合うこと間違いないです。
先輩 おいくら?
売り子 600円です。
先輩 一つ下さい。
売り子 ありがとうございました。(行こうとする)コーヒーに缶ビール、お弁当にお土産品はいかがですか。
先輩 ちょっとちょっと
売り子 お土産ですか?
先輩 たぶん買うのでしょう。
売り子 ありがとうございまーす。
先輩 買いますから、あの、聞いてもいいですか。
売り子 なんでしょう。
先輩 動かないんでしょうか。
売り子 動かないというか動けないんじゃないですか。
先輩 動けない。
売り子 やっぱりよく動きますか、都会の方では。
先輩 そうですね。動かないっていうのはあまりないです。
売り子 そうですか。私にはわからないですけど。動くにしてもどうしたもんだか。って所でしょう。
先輩 動くといっても難しいですから。
売り子 みんながいるもんだっていうんで、いてもらってるんですけど。
先輩 いるといないとでは大違いですから。
売り子 やっぱりいるもんですか。
先輩 大事です。ゼロにはなにをかけてもゼロですから。イチさえあればあとは足し算でも掛け算でもやり方次第。
売り子 そうですかやり方次第。
先輩 逆にいないほうがおかしいっていう話ですから。
売り子 恥ずかしながら、私にはよくわからなくて。
先輩 そういうもんです。
売り子 そういうもんですか。
先輩 ええ、あればいいんです。動く動かないはそのあとの話です。動いてもいいし動かなくてもいい。それはあってこそでしょ。まずはある、ちゃんとある。これが大事。
売り子 そうなんですね。
先輩 もちろん動くにこしたことはないですよ。せっかくあるんだもの。動かしたくなるっていうのが人情じゃないですか。
売り子 そうですか。動かしたくなりますか。
先輩 もちろん、動けばいいってもんじゃない。けど動くっていう事も、もちろん大事な事です。動かないっていうのは動いてこそなんです。だって動かないもの、そうだな、例えば家とかビルとか動くと困りますよね。
売り子 そりゃこまる。
先輩 でしょう? けど普段動かなくてよかったって思わないでしょ。
売り子 そりゃそうだ。
先輩 そうなんです。それが大事なんです。動かないから動かないことが気にならないんです。
売り子 そりゃそうだ。
先輩 けど動くのに動かないとどうです。
売り子 動かないのかなと思う。
先輩 その通り。
売り子 けど動けと言われても困る。
先輩 なぜです。
売り子 動けと言われてもどう動いていいのかわかりません。
先輩 自由になんでもいいんです。
売り子 そう。
先輩 っていうのが困りますよね。
売り子 で動いたら動いで、動けてないっていう。
先輩 確かに、動きがわかってないという。
売り子 そうなの。わかってないの。それでも、動かそうという若い子たちもいるんです。
先輩 そうですか。それはそれは。
売り子 若いもんは失敗できるから。
先輩 ええ、失敗は成功の第一歩ですから。失敗があって成功があるのです。
売り子 けど私らもう失敗できないしね。
先輩 そんなことないですよ。
売り子 そもそも私らには、いらないからね。
先輩 あなただって動くでしょ。
売り子 どうでもいいよね。
先輩 それをいっちゃあ。
売り子 考えても、意味ないよ。
先輩 でもいりますよね。
売り子 そりゃあね。
先輩 でしょう?
売り子 ここにこの土地の職人さんが丹精込めて作った工芸品があります。この土地でしかとれない食材をつかったお弁当も。けど地元の人間はめったに買わない。
先輩 そりゃそうですよ。地元の人からしたら珍しくも何ともありませんから。
売り子 それもあるけど、まず自分で作ったほうが安いからね。
先輩 なるほど。
売り子 だからこうやって都会の人間に売るんです。どうですか、伝統、歴史、文化がぎゅっとつまってる。
先輩 おいくらですか。
売り子 1500円です。
先輩 はい。
売り子 ありがとうございました。コーヒーに缶ビール、お弁当にお土産品はいかがですか。

売り子、去っていく。


後輩、入り口から戻ってくる。

先輩 なにか一人相撲してる気分だ。
後輩 先輩。
先輩 なんだよ。
後輩 動きました?
先輩 今の聞いてたろ。
後輩 どんどん焼き、ボクの分もありますか。
先輩 ないよ。
後輩 ひどいな。
先輩 また来るだろ。そのとき買えばいいだろ。
後輩 それはなんですか?
先輩 伝統・歴史・文化。
後輩 すごすぎでしょ。
先輩 そうか?
後輩 ボク、買ってきます。
先輩 そんなに欲しいのか?
後輩 後悔したくないんです、ボク。人生においてなにか後悔を。よく年上の人がいうでしょう。何かをしなかった後悔よりも失敗した後悔の方がいいって。
先輩 そんなたいしたことないけど。
後輩 いってきます。

後輩、慌てて出ていく。
しばらくして女が立ち上がる。

女 あの。
先輩 動いた。
女 動いてません。
先輩 でも今、動いて喋っている。
女 正確には動いてません。もう勤務時間外ですから。
先輩 勤務時間?

女、何かのボタンを押す。
蛍の光が流れる。

女 もう閉館時間です。
先輩 すいません。
女 本当を言うと15分前に閉館時間を過ぎてるんです。
先輩 そうですか。すいません。
女 退席していただけませんか。
先輩 はい。ただ後輩が今、どんどん焼きを買いに行ってまして、すぐ戻ると思うんです。それまで待ってもらえませんか。
女 わかりました。
先輩 一つ質問してもいいですか。
女 なんですか。
先輩 名前はなんというのですか。
女 名前。
先輩 そう名前。
女 ワタシの。
先輩 あなたの名前はなんていうのでしょう。
女 なぜ聞きたいのですか。
先輩 知りたいからです。知りたいと思ったからです。あなたを見て、どんな名前なんだろうなと考えていたのです。
女 イヤです。
先輩 イヤなんですか?
女 ええ。
先輩 どうしてですか?
女 不快だからです。
先輩 不快?
女 ええ、教えたくない。それよりも、私の名前を知ってどうするのか? と考えると嫌な気持ちになります。
先輩 すいません。
女 なぜ私の名前を知りたがるのですか?
先輩 何故か。
女 ええ。
先輩 理由はないのかもしれません。ただボクにとっては今日は思い出深い日になる気がするのです。あなた達にとっては思い出すこともできない日常かもしれませんが。きっと何度も何度も今日のことを思い出すでしょう。その時あなたの名前があるとないのでは違うのではないでしょうか。それが本当かどうかは関係ないのです。あなたが花子であればそれは花子さんについてという思い出になり整理されていくのです。それは義務というか宿命なんだと思うんです。言葉を使うのなら。今、日本語ですけど、日本語で名前がないものを考えたり思ったりすることができないのは困るんですよ。
女 私はあなたに名前を知られることによって名前を知った女になるのでしょう。そしてそれは私を縛るということになるのではないですか。私はあなたの前でこうやってしゃべることもしたくなかったのです。ただ女としてここに存在していたかった。その上に名前を教えろというのは不愉快なのです。あなた達はどうせ帰るのでしょう。
先輩 ええ、帰る家があります。そこには私が買ったベッドがあり、私はそこで眠るのが日常なのです。
女 あなたがつけた名前はもう誰もよんでくれはしない。
先輩 あなたの名前を教えてはくれないのですか。
女 本日はありがとうございました。

女、揚幕へ去る。

4 休憩(約五分)
再び売り子がハンドベルを鳴らしながら食べ物や飲み物が乗った配膳台を押してやってくる。(実際に売り歩く)
その間に、スーツ姿になった女が外国人(日本人が滑稽なかつらや鼻をつけている)が連れ立ってやってくる。
最後に売り子が外国人の所にやってくる。
外国人は売り子に寿司があるか聞いて、売り子は寿司の折り詰めとお茶を法外な値段(一万円?)で売りつける。
外国人は満足げにそれを買い、食べようとしたところで次のシーンが始まる。


柱に先輩と後輩が繋がれている。
先輩はふんどし一丁で四股をふんでいて、後輩は行事姿で軍配を掲げている。

先輩と後輩、立ち上がり外国人に礼をして、一人角力を始める。

外国人 これはなにをしているのですか。
女 すもうです。
外国人 すもうですか。しかし一人でやっているだけです。
女 これは一人すもうという神事です。
外国人 神事ですか。
女 はい、彼が今戦っているのは稲の精霊です。
外国人 稲ですか。
女 稲作が始まり、豊作を願って行われる行事なのです。
外国人 素晴らしいです。

外国人は寿司を食べながら満足げにそれを眺めている。

三戦し、先輩が負け、勝ち、そして最後に負けて倒れこむ。
息も絶え絶えで立ち上がるのも困難そうである。
後輩が謡う。【相撲甚句「当地興行」】

 ハァーエー
 当地興行も 本日限り ヨー 
 ハァー 勧進元や 世話人衆
 お集まりなる 皆様よ
 いろいろお世話に なりました
 お名残惜しゅうは 候(そうら)えど
 今日はお別れ せにゃならぬ
 我々発ったる その後も
 お家繁盛 町繁盛
 悪い病(やまい)の 流行らぬよう
 陰からお祈り いたします
 これより我々 一行も
 しばらく地方ば 巡業して
 晴れの場所にて 出世して
 またのご縁が あったなら
 再び当地に 参ります
 その時ゃ これに 勝りし ご贔屓を
 どうか ひとえに ヨーホホホイ
 ハァー 願います ヨー

 [ハヤシ唄]
 ハァ せっかく馴染んだ皆様と
 今日はお別れせにゃならぬ
 いつまたどこで会えるやら
 それともこのまま会えぬやら
 思えば涙が パラーリ パラリと

外国人 このお寿司大変おいしかったです。
女 ワタシもお寿司が好きです。
外国人 日本人は毎日お寿司が食べられてうらやましいですね。
女 お寿司は毎日食べられません。なぜならお寿司は大変高価だからです。
外国人 そうですか、それは残念です。
女 私は外国に行った時にお寿司屋さんをみると変な気持ちになります。
外国人 なぜですか。
女 お寿司は日本の食べ物なのに外国でわざわざ食べるという行為が変な気がするからです。あなたもハンバーガーを日本で食べると変な気がしますか。
外国人 ハンバーガーではおもいませんが、それに近い感情なら感じることはあります。ここが日本であって、そしてそこでお寿司を食べる。ということが大事なのではないでしょうか。私は今、日本にいますか? 日本にいるという実感が私は欲しかったのです。ここは日本ですか。
女 わかりません。ここはどこなんでしょう。
外国人 ワタシに聞かないでください。すいません。私にお茶をいただけませんか。
女 1500円です。
外国人 お茶を下さい。


PDFファイル

コチラをご利用ください

使用許可について

基本無料・使用許可不要。改訂改編自由。作者名は明記をお願いします。
上演に際しては、観に行きたいので連絡を貰えると嬉しいです。
劇団公式HP https://his19732002.wixsite.com/gekidankita

劇作家 松永恭昭謀(まつながひさあきはかりごと)

1982年生 和歌山市在住 劇団和可 代表
劇作家・演出家
深津篤史(岸田戯曲賞・読売演劇賞受賞)に師事。想流私塾にて、北村想氏に師事し、21期として卒業。
2010年に書きおろした、和歌山の偉人、嶋清一をモチーフとして描いた「白球止まらず、飛んで行く」は、好評を得て、その後2回に渡り再演を繰り返す。また、大阪で公演した「JOB」「ジオラマサイズの断末魔」は大阪演劇人の間でも好評を博した。
2014年劇作家協会主催短編フェスタにて「¥15869」が上演作品に選ばれ、絶賛される。
近年では、県外の東京や地方の劇団とも交流を広げ、和歌山県内にとどまらない活動を行っており、またワークショップも行い、若手の劇団のプロデュースを行うなど、後進の育成にも力を入れている

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?