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子育て・親育て

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子、親、家族のはなし。
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2018年9月の記事一覧

ウサギもカメも、アリもキリギリスも特性が違う、種が違う、質が違う、比べるのが違う。

このところ頭の中でウサギとカメがいったりきたり。ウサギは愚か者、カメは見習うべき頑張り屋さんという物語。なんでこんな話で善と悪を教えているのだろうか? と頭がしつこく考えるので書き出しておこう。 * 無謀な戦いに挑み、夢中になって走るカメの頑張りは素晴らしい。だけど偉くもすごくもない。 ゴールする時間を計算して休憩し、体力温存するウサギはダメな奴なのだろうか?勝負の世界に戦略は必要なものではないだろうか。 頑張ることは必要だし、休むことも必要。 がむしゃらに頑張るカ

人並みのことをしていては人並みにしかなれない。

先日の読書会で、インドの聖人ラーマクリシュナの事が書かれた本の中にこんな一節があった。 たいていの親なら叱りつけて無理にでも学校に行かせるところだが、父のクディラムは叱言一つ言わない。ガダイの好きなようにさせていた。これが偉大な人になる為の道筋だと信じて疑わない。 人並みのことをしていては人並みにしかなれない。 『インドの光 聖ラーマクリシュナの生涯/田中 嫺玉』より ブッダと並ぶ3聖人と言われているラーマクリシュナも人の子。奔放でおりこうさんではなかった彼はみんなと

大人には考えたってわからない。考えるからわからない。

以前、遊んでいた息子に思い立って聞いてみたことがあった。 「ねえ、何をする為に生まれてきたの?」 『えっ!?なんでそんな事を聞くの?』 突然の質問に身構える息子。 そりゃそうだ。 「怒ってるんじゃないよ。生まれてから何年も経って大人が忘れちゃった事を、子どもはまだ覚えているんじゃないかなと思ってね。」 息子は数秒上の方を見て口を開いた。 『色々なことをするため! いろんなこと体験する為に生まれてきたの。』 * これは息子が5歳ぐらいの時に教えてくれたこと。

あまりテレビを見なくなったのは、お笑い番組で『死ね』と突っ込むのを見るのが嫌だからというのも理由の一つ。 真似しちゃ『ダメ』と言っても、テレビでやっていては説得力がないんだよね。 ドリフ全盛期に親達が思っていた事と同じ。 でも、大人がダメって言うものほどおもしろかったな。

「言葉には望みを叶える力があるんだから大切にしなさい」

先日、息子に散らかしたおもちゃを片づけるよう言うと、 『僕なんか死ねばいいんだ』とチラチラとこちらを見ながら言い出した。 片付けられないから死ねばいいって…なんのこっちゃ。 保育園の時もこうやって私を試した事があったが、どうやらまた私の反応を見たいだけの様子。 子育ては叱るのではなく諭すとか、考えさせるとか色々方法はあるだろう。でもこれだけは、あえて『怒る』方針にしている。 『死んでいいわけないだろー怒怒!!あなたがお母さんより先に死んだら、お母さんどうなると思う?』

人の心を傷つけるのは、体を傷つけるのと同じこと。たった一言が一生残る傷になったり、人を死に至らしめることもある。 子どもの頃、母がよく言っていたが、こんな重い話イヤだなと思っていた。 でも、栄養のある食事を食べさせるのと同じくらい「大事なこと」。 ちゃんと伝えないといけないね。

「5分早く迎えにきて」

息子が保育園の頃「他の子みたいに早くお迎えに来て欲しい」とせがむのをなだめるために「5分早く迎えに行くから」と言ったことがあった。 それ以来息子は、小学生になって学童へ行くようになった今も毎朝「5分早く迎えにきて」と言い続けている。 小さな子には5分がどのくらいかなんてわからない。「早く」迎えに来てくれるなら何分でも良かったのだろう。 * 日が落ちるのが早くなってくると、まだ息子が保育園だった頃のある秋の夕暮れのことを思い出す。 あの日も息子は「5分早く迎えに来て」