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ショートショート「過剰による弊害」

ショートショート「過剰による弊害」


ある大国に2つの村があった。
百年杉と呼ばれる巨木を中心に北と南にその村は存在していた。北の村は1年を通して氷と冷気に包まれ、南の村は非常に暖かい気候に恵まれた村であった。

その立地から北の村には冷気を操る拳法・凍手拳、南の村には熱気を操る拳法・熱手拳が存在していた。それぞれの村は自身の拳法が最強と信じ、質素倹約に努め、日夜鍛錬に励んでいた。通常、互いの村人は交流する事はなく干渉する事も禁止されていた。

中心の百年杉から東には町があった。拳法と呼べる代物はなく、気候も安定し、住人も温和な人が多かったが、若者と呼ばれる世代には利己的で尚且つ甘い考えの者が多く、働かない者や犯罪に手を染める者が多かった。


北の村と南の村は交流を持たなかったが年に1度だけ交わる事があった。互いの流派を最強と信じている事から二十歳を迎えた者の中から村を代表をした者が戦う武術大会である。

武術大会の数日前、南の村では驚くべき事が起きていた。
村の代表を決める村内での選考大会で屈強な拳法家を次々と倒し、代表の座を手に入れたのが女性の拳法家だったのだ。勿論、性別に関係なく、二十歳を迎えて意志があれば選考会に出場する事は出来るのだがそのような者は過去に例はなく、ましてや熱手拳の名手として村民代表になる事になる事など誰が想像できたであろうか。

彼女の名はエヌ。
父と2人の兄も過去に村民代表として武術大会に出場した経験を持つ。その流れから自身も二十歳を迎えたら代表者になると考えるのは至極当然の事であったが周囲は彼女をそのようには扱わなかった。容姿端麗で妖艶な雰囲気を纏う彼女は拳法とは無縁の人生を歩むように育てられた。しかし、彼女も南の村の住人。心に宿っている情熱を抑える事はできず鍛錬に励み、そして遂には代表になるまで成長したのであった。


武術大会当日を迎えた朝、男は震えていた。
彼の名前はワイ。凍手拳の使い手として、まさか自分が北の村の代表となるとは思ってもいなかったのである。

南の村でもそうではあるが、通常、物心つく前から鍛錬が始まる。氷水が入った樽の中に四六時中、手を漬け込み、それが終わると氷の岩壁を割る日々。その日々が日常化した頃、内側からの修行が始まる。氷漬けされた物を口にし、水分をも氷から得る。そうする事により、指先からは勿論のこと吐息すら冷気になり、触れる物を全てを凍てつかせる事ができるのだ。

身体が震えたのは何年ぶりであろうか。20年ぶりであろうか。

では、なぜ、彼が代表となったのか。
それは今年、二十歳になる村民が彼一人であったからである。同じ年齢の者が1人もいなかったとしても戦う以外の方法で何かしらの選別はあると思っていたが何もなく、自動的に代表になった事に驚き、震えていた。しかし、彼も凍手拳の使い手。その名に恥じる事が無いよう熱い意志を凍てつく身体に忍ばせ会場に向かった。

結果は北の村の勝利。
エヌは凍手拳の前に完敗したのであった。屈強な男どもを倒してきたエヌには自信があった。ただ、その自信が仇となっていたのかもしれない。負けたエヌは笑っていた。まだ見ぬ世界、自分よりも強い者がいるから、自分は更に強くなれるから…では無い。エヌは男に惚れた。一目惚れというものである。熱しやすく冷めにくい性格のエヌは対戦相手のワイに惚れたのであった。

男も同時に同じ気持ちであった。自分の中に凍手拳の道を極める事以外への熱い気持ちが生まれるとは。初めての感情に驚いてはいたが彼女の目を見れば落ち着きさを取り戻した。揺るが無い気持ちが芽生えた。


大会の直後、2人は姿を消した。


北と南の村の住人の許されぬ恋。
凍える手と灼熱に燃える手を取り合い重ね合わせる。2人の体温が人間本来の平熱に近くにつれ気持ちだけは燃えていく。そして新しい生命を授かった。

3人の姿は東の町から更に東へ行った所にあった。
過去に自分たちのように禁断の恋に落ちた者たちが作った集落があったのだ。そこに身を潜め新しい生活が始まった。

村を、肉親を捨ててまで選んだ道で授かった生命。2人はそれはそれは丁寧に育てた。過剰なまでに愛し、その子が求める物は全て与えた。自分達の着るもの、食べるものが足りずとも求めるもの以上に与えた。育つにつれ、子は利己的な考えを持つようになった。自分が一番と思い、甘い考えを持ち、他者への配慮が全く無かった。

当然である。
熱湯と冷水が混ざればぬるま湯になるものである。ぬるま湯に浸かったような若者がこの近くには本当に多い。


おしまい


なんと私、結婚いたしました! そこでご相談なんですが・・・ あんまりこういうのは良くないのかもしれませんが・・・ 祝ってください。