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ショートショート「プレゼント」

ショートショート「プレゼント」

「あぁ、臭い。」

この部屋に住んでから異臭を感じる。テレビシーエムでお馴染みの消臭スプレーを何度使っても臭いは取れない。そんなに私って臭いのかしら。でも、それもそうよね。お風呂に入れていないから臭くなるのも仕方がない。お風呂に入りたい。

そんな事よりも大変なことがある。

彼と連絡が取れない。付き合って3ヶ月経った頃から連絡が取れない。また他の女の子のところかしら。この部屋には彼の荷物が私の物より沢山ある。服も取りに来ないしどこで何をやってるんだか。彼のことを思っていると部屋のチャイムが鳴る。もしかして。リビングから玄関への建て付けの悪い引き戸に苦戦しながら早足で向かった。

ぼろぼろの小さめの段ボールに入った郵便物だった。届けてくれた人は笑顔が素敵なお兄さん。初対面なのにフレンドリーな雰囲気で私も初めてとは思えないような。これ以上、放っておかれたら浮気しちゃうんだから。なんてね、私には彼しかいない。ずっと一緒に居たい。

ぼろぼろの箱に目を向ける。何度もガムテープを剥がした跡、そしてその上から新しいガムテープを貼り付けた形跡がある。そのおかげかすぐに開封する事が出来た。

CD-Rが1枚。それがケースに入っていて他には何も無い。その薄い板の表面には「エヌへ」と書かれている。彼の文字だ。「この時代にCD…?」と懐かしさよりも不気味さを感じるが彼が生きているという安堵の中、早速、すぐ近くにあった使い古されたCDプレーヤーで再生してみることにした。

「えーっと録れてるかな。エヌちゃん。これを聞いているかな?面と向かって言うのや電話だと怖いのでこんな形ではありますが伝えたいことをCDに録音してみました。」

CDプレーヤーのスピーカーから聞こえてくるのは彼の声だった。慌てて郵便物の差出人を確認しようと箱に手を伸ばすが思わず手が止まってしまった。

「ごめ、なさい。急、なんだけど別れ、て、欲しい。君が怖い。」

録音は初めてなのか所々、雑音が入りながら懐かしい彼の声は続く。

「動物園に行った時に君が檻の前に行くと動物達が集まってきたことがあったよね。なんで?怖かった。どういうことなの。」

なにを言ってるのケンちゃん。私、あなたと動物園に行ったことなんてないよ。

他の女性との思い出が私との思い出として彼に刻まれている。これは勝ちなのか。いや負けよね。機械の中は彼は続けて言う。

「…今、動物園に行ったことなんてない、って、思ってない、か」

驚く私に対して彼は止まらない。

「そう。君は記憶が維持できない。事故が原因とも言っていたがそれも本当かどうか。正確に言うと君は自分の都合の悪い記憶にだけ蓋をする。あれこれ注意をしても何も変わらない。本当に嫌だ。もう君とは…」

あちらの世界にいる彼の後方からだろうか、扉が開く音が聞こえる。滑りが悪いのだろうか歯軋りのように扉が開く音がする。そして扉の音は彼の悲鳴に変わった。その後、自分の声に似たような音があちらの世界から聞こえた気がした。


あぁ。そういうことか。もうこんな時間か。早く準備をしないと明日に間に合わない。私は手慣れた手つきで、彼からの初めてのプレゼントを大事に箱に閉まった。


「あっ、ガムテープ、どこに閉まったっけ。」


おしまい

なんと私、結婚いたしました! そこでご相談なんですが・・・ あんまりこういうのは良くないのかもしれませんが・・・ 祝ってください。