エッセイ 布団のたたみかた
私が幼少期を過ごした尼崎の下町。
父親が経営していた洋服店の近所のおじさん(あやしい)に手をひかれて、おじさんの事務所? の椅子に座らせてもらい、フルーツ牛乳とメロンパンを食べさせてもらいました。
一番立派な椅子の後ろの天井近くの壁には、神棚がドーンと、ありました。
事務所には和室が隣接していて、そこから、若い兄ちゃん(若い衆)が、這い出してきました。するとおじさんが、
「おいっ! 自分が寝てた布団くらい、ちゃんとたたんで、部屋の隅に寄せとかんかい!」
と、叱りました。
にいちゃんは、めんどくさそうに布団を寄せ、そのあといっしょに、パンを食べ始めました。そして私に向かい。
「坊や……あのな、大人になってな、よそのうちに泊まらせてもろうてもな、朝起きたら、布団は適当にたたんどくんやで」
「えっ?」
「絶対に、キチンと折り目をあわせて、たたんだりしたらあかんで……」
私は、ポカンと口を開けていましたが、聞きなおしました。
「なんで、きれいにたたんだらアカンのん?」
「そこの家の人にな、もしかしたら坊やは、懲役うたれて、刑務所にはいったことがあるんとちゃうか? と、疑われるからや」
そこに、おじさんが口をはさみます。
「オマエ! そんなこんまい子供相手に、いらんことをおせえんでもええんや!」
私は、今度はそのおじさんに、
「今の話は、ホンマなん? 布団は、ちゃんとたたまん方がええのん?」
そう聞くと、おじさんは、困ったように……。
「それは……ホンマや……ボンも大人になったら、いやでもわかるようになるさかいにな……」
およそ今から60年ほど前を振り返ると、
ホンマに私は、すごい環境に育ったんやなあと、今思いだして、背筋が寒くなりました。
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