柿食えば
芭蕉が、
「古池や蛙飛びこむ水の音」
とくれば、子規ならやはり、
「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」でしょう。
法隆寺の境内で茶をしばいた(味わった)子規が、柿を一口食った時に鐘が鳴ったというシチュエーションです。
「いや、ホントはあれは東大寺だったがゴロのいい法隆寺にした」などと、いろんな説が語られていますが、それよりも夏目漱石の、
「鐘つけば銀杏散るなり建長寺」
という句が先にあるので、子規の頭のどこかに、たぶん漱石の句のイメージがあったんだろうなと、私はそっちの方が気になります。
これは盗作やモチーフとかそんなことを言うてるんやないんです。
創作物なんてものは、まったくのオリジナルなんてホントは存在せず、必ず自分が今まで見聞きしたことや他者の作品が、多かれ少なかれ影響を与えているものなのです。
もちろん意図的に真似るのは論外ですが……。
ところで、正岡子規が結核を病んだ自分を、血を吐くまで鳴く「ホトトギス」に喩えたことは有名ですが、別号として自らを「獺祭書屋主人(だっさいやしゅじん)」と名乗ったことは意外と知られていません。
近年急速に人気を博した山口のお酒「獺祭」を、駅や土産物店で見かけるたびに私は子規を思い出さずにはいられません。
子規はとにかく柿が好物で、晩年、
「我死にし後は 柿喰ヒの俳句好みしと伝ふべし」
とまで言っています。
ちなみに、私も柿が大好きです。
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