小説 ちく毛
実家に帰ってお風呂に入った。
いつも通りちょっといいシャンプーで頭を洗い、安物のクレンジングオイルで化粧を落とす。
赤い牛乳石鹸を両手で泡立て身体を洗っているといつもと違う感じがした。
「何かがいつもと違うよね」
何故かうちのお風呂に長年住み着いているペンギンに聞いてみることにした。
ペンギンは私の身体を一瞥し
「いや、いつもと変わらんけど」
そう面倒くさそうに呟いた。
私にはそのペンギンがオスなのかメスなのかさっぱりだが、慣れというのはこわいもので身体を見られても既に何も感じなくなっていた。
付き合いが長いカップルもそんなもんなのだろうか。彼氏がいたことのない私にはわからない。
「わかったかもしれへん」
まじまじと一点を凝視しながらペンギンは言った。
「ねえ、そんなにじっと見ないで、何見てるの」
ちく毛だ。長めのちく毛が乳輪から生えていた。
しかも結構太い。
ちく毛か、乳毛か、呼び方が果たしてどっちなのか私にはわからないが確かに長めのちく気が生えていた。
「それ、どうするん」
ちょっと嬉しそうにペンギンが聞いてきた。
はて、どうしようか。別に生えているからといって困るものでもないが、生えていてかっこいいものでもない。抜いたほうがいいだろうな、そう思って抜こうとするが、ジェルネイルをした私の爪ではなかなか抜けない。
「ペンギンさん、抜いてくれない?」
「こんな手で抜けると思って聞いてる?」
確かに。私の中でペンギンはSuicaのペンギンのイメージだったからツルツルだと思っていたのだが、
流石南極出身だけあってペンギンは意外にも全身毛だらけだった。
「普通に剃ったら良いと思うで」
剃った毛が生えてくると何故だか更に太めの毛が生えてくるからあまり剃るのは好きじゃないのだが、
ペンギンがそういうから、たまには剃るのも良い気がして壁に掛けてある母のシェービングを手に取った。
シェービングクリームを塗って準備万端。
「じゃ、剃るね」
切れ味は抜群だった。クリームのおかげで滑りも良かった。良すぎてちく毛だけでなく乳首まで落としてしまった。
「うわ、大変や」
さっきと打って変わって神妙な面持ちでペンギンが呟いた。トカゲの尻尾みたいに生えてきたら良いが、乳首はどうだろうか。(大半の人は普段から乳首がたっていないらしい)
「でもまぁ、乳首の毛は剃れたしええんちゃうか」
他人事だと思って気楽なペンギンだ。
更にペンギンは言う。
「今日は貴方のお風呂長めやからちょっと暑いわ」
「その全身に纏ってる毛のせいやろ、剃る?」
「この流れでは剃りづらいなあ」
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