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母がTwitter始めてからおかしくなった話。

はじめてnote書いてみます。

今年で25歳の私がSNSにはじめて触れたのは高校に入学してすぐの頃。

mixiとTwitterとLINE。

ガラケーだったから、当然ブラウザからログインしてた。

大学に入ってからはFacebook、Instagram、Snapchatと流行ったものは一通りやったかな。

TikTokは周りもやってないし、あんま興味がなかったからやってない。面白いものは厳選されてTwitterとかに流れてくるからそれで充分だった。


私にとってのSNSは、あくまでリアルな知り合い同士のコミュニケーションツールだった。

「暇だな、誰か声かけてくれないかなー」

「このご飯美味しそう!今度あったら感想聞こう」

「今この子近くで遊んでるじゃん!合流しないか声かけてみよ!」


ってな具合で、友達と遊ぶ時のきっかけをつくるためのツールとして使うのがメイン。


あとはもう暇つぶし。

スワイプするだけで新しい情報がどんどん入ってくる。しかもSNSは賢いから、どんどん自分好みの情報が厳選されて、刺さるコンテンツで埋め尽くされていく。

私のInstagramのサーチ画面?はこんなかんじ

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思ったより女子女子した画面で安心した。

一部鬼滅のイラストが不穏だけど。

あとはここに芸人とかASMRとかが流れてくる。たまにイケメン俳優とか。


そんな感じで、SNSは自分にとって都合のいい情報が厳選されて興味ないことはどんどん排除される居心地のいい空間だった。

でもたまに、SNSで起こる歪みもあったのは確か。

「この遊びに誘われてない」

「匂わせが鬱陶しい」

「意識高い系うざい」

そりゃ自分がしたいことがなんでも自由に投稿できる場所だもの。それを縛る術はない。

だから、くさい物には蓋を。

ミュートは素晴らしい機能だ。見たくないものを制限する。それはリアルの人間関係には何も関係ない。「SNS」の場限りの選択だ。

SNSの使い方で病むのはナンセンス。見たくないなら、やめればいい。以上だ。

情報の取捨選択ができない人はSNSをやるべきじゃない。

それが私の持論だった。





でも母にとってはそうじゃなかったらしい。



母は今年で60歳。

60歳といっても、週5くらいでパートに出かけて趣味の太極拳も週一でいってる元気なおばさん。

そんな母がSNSをやり始めたのは、おそらく5年以上前から。といっても、家族や友達との連絡手段のLINEや、たまにしか使わないようなFacebook。

TwitterやInstagramを使い始めたのはたぶん2年前くらい。


最初は動物の面白動画とかみてげらげら笑ってた。

私がこの動画面白いからみて!とTwitterの画面見せると、すでに母もみてひとしきり笑ったあとだった。なんてこともよくある。

パートの時間以外は基本主婦なので家にいる母にとって、お金をかけず簡単に暇つぶしができるSNSはぴったりだった。


でも、最近になって母の発言の様子がおかしくなった。

TVで政治家がでてくると、

「この人は親中なのになんで日本に住んでるんだ。政治家なんてやめればいいのに」

私の友人が韓国人の彼氏と付き合っていると言う話をすると

「信じられない、韓国に嫁に行ったらとんでもないことになるよ」

国内でのBlack lives matter のデモの様子を見て

「こんなの日本でする意味あるの?差別のない国なのに」


???

どうしたの?誰がそんなこと言ってたの??

ワイドニュースはコメンテーターが怒ってるだけだから嫌いって一切見なかった母。

いままで誰かを貶すような、おとすような発言は聞いたことがなかった。

衝撃すぎた。

話の根拠をきくと、Twitterだと。

Twitterは誰でもなんでも書けるから、信用しすぎちゃいけないよ。こういう意見もあるんだなってふーんって流しみるのが丁度いいよ。そう説明すると、

「私は信用できる人しかフォローしてないから大丈夫」


、、、、。

そうか、それがSNSだ。そうだった。SNSの居心地良さでもあり、怖さだ。

母は自分が信用できる学者だったりコメンテーターだったりを一生懸命選んでフォローしているらしい。だから、自分好みの情報しか入ってこないようになってるんだ。

しかも、「事実」なのか「意見」なのかが曖昧な状態で情報が入ってくるからたちが悪い。

母は、偏った「意見」が大量に入ってくる環境を自分で作り出していたのだ。

母は、実際に見たこともない、会ったこともない人、もの、ことについて、得意げに語るようになってしまった。

そして、どんどん主語が大きくなっていった。

「テレビ朝日は〇〇だ」「民主党は〇〇だ」「韓国、中国は〇〇だ」


今の時代、ニュースや新聞が正しいなんて言えないけれど、Twitterで流れてきた一意見が本当に事実なの?

「信用できる人しかフォローしてない」

この一手間が、情報を事実かどうか考える思考を停止させてしまっている。

「情報の取捨選択」

この行動が、人の思想を偏らせてしまうんだ。


そう思うと、今の自分の思想はどうなんだ?

もちろんまったくの真ん中なんてことはないけれど、勝手に思い込んで決めつけてることはないか?

右と左、男と女、世界と日本

これだけじゃない。もっとたくさんの軸があるなかで、「事実」だけを選んでいくことって可能なのか?!


私は真っ当で、正しくSNSを使っている。母はそれができていない。

このnoteはそういう論法だけれども。

これを読んだ人の中には、そうじゃないと思う人もいるだろう。

SNSってなんだ?

落ち着いた言葉で、誰か教えて欲しい。