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脚むず先駆者の20年⑥
最終手段の燻煙式殺虫剤でも「見えない虫」には効果がない。
こうなると、もうなりふり構ってはいられない。
こちらのストレスも相当なインフレ状態。
そしてとうとう禁断の暴挙に出る。
「人体にかかった時はすぐに洗い流してください」の注意書きのある殺虫剤を今度は布団の表面に噴射する。敷布団と掛け布団の中に。
その中に身を投じるわたし。鼻を刺すような刺激臭の中、虫を排除したい一心で我慢する。
それでも布団の中を駆け巡る「見えない虫たち」。その動きが最後の悪あがきとなるように願いながらじっと耐える。
その後どうしたのか。耐え切れず換気したのか。それともそのまま眠りについたのか。今は思い出すことができない。ただ、殺虫剤にまみれた布団の中で、「どうせまた舞い戻ってくるんだろう」といあきらめの気持ちがぼんやりと心を満たしていたことだけは覚えている。
何をしても自分から離れてくれない「見えない虫」
いつからか、「わたしの部屋には決して死なない目に見えない虫が満ちている。」
そういった諦めの気持ちが満ちていった。
「そんなことならいっそのこと引っ越そうか」
そんな気軽なことを言えたらどんなに楽だったろう。
事情があり、引っ越しには高いハードルがあった。
実家を出た自分には保証人になってくれる人がいなかったからだ。
当時住んでいたアパートも勤め先の雇用主のご厚意で保証人をしてくれていた。
そこを「さらに引っ越したいからまた保証人になってくれ」とはさすがに言えない。
それに、もし引っ越してもこの虫が解決しなかったら、引っ越しのお金、労力がすべて無駄になってしまう。
当時、職人見習いをしていたわたしにはそんな賭けに用いるようなお金はなかった。
誰にも理解してもらえない、「見えない虫」はそんなわたしの葛藤をあざ笑うかのように来る日も来る日もわたしの周りに纏わり続けた。
そして、限界を迎えそうだったわたしは行動に起こす。
⑦につづく
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