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氷見の魚屋が作る日本が誇るワイン

満寿泉の枡田さんと夏にお会いした時に暑いからどうぞと言われて出されたのがSAYS FARMのシードルだった。前回のおにぎりプロジェクトにて、SAYS FARMを率いている釣屋魚問屋の大ボス釣吉範さんと出会った。帰京するとすぐにメジマグロを送って頂き、スタッフ一同で美味しく頂いたのだった。

ワイナリーを訪問すると約束した。こういう話はすぐに実行しないとなかなか行けなくなってしまうことが多いので、僕はすぐに連絡をとって富山に飛んだのだった。富山駅からローカル電車の旅を楽しんだ後、氷見駅に到着する。人生で初めての氷見だ。その昔お世話になっていた富山の社長がいた。氷見のブリがあがったから食べに来いと突然連絡がかかった。その当時の富山空港は有視界着陸のため、天候不順で着陸できなかった。羽田に戻ってきたら電話が鳴った。「だったら汽車で来い。汽車で。」そのセリフは今でも忘れない。僕らは7時間ほどかかって特急電車を揺られながら、氷見からの天然ぶりを2日かけて頂いた。

そのときから氷見という場所が僕にとっては特別なのだ。車で20分ほど、ワイナリーは小高い丘の上にあった。ヤギと鶏の鳴き声が迎えてくれた。中国からの黄砂で空が見えないんだよ、とスタッフの方が教えてくれたが、靄がかかったような空も美しかった。SAYS FARMにはオーベルジュがあって、満寿泉がある岩瀬でも最初に吉範さんが経営する宿「つりや東岩瀬」に泊めさせてもらって、とても気持ちよかったので、今回もオーベルジュに宿泊させていただくことにした。

江戸時代から続く魚屋がなんでワイナリーなのだろうか。

前回のおにぎりプロジェクトの際に学んだことだが、もともとは「釣屋」の次男・釣誠二さんが肝いりで始めたプロジェクトだ。氷見にもっと人を呼べるような観光資源を、そして氷見で取れたぶどうで作るワイナリーをという思いで始められたそうだ。残念ながら、誠二さんはワイナリーのオープンを待たずに2011年この世から旅立っていかれた。そこからお兄さんの吉範さんがプロジェクトを引き継いだ。

ディレクターである飯田健児さんに案内されて、ワイナリーの見学をさせていただくことになった。田向俊さんという醸造責任者も交えて、テイスティングもさせていただきながらゆっくりとお話を伺った。ワイナリーには現在7ヘクタールに13000本程度の葡萄の木が植樹されて育っている。2007年秋に開拓を開始し、翌年からカベルネ・ソーヴィニヨン、メルロー、ソーヴィニヨン・ブラン、シャルドネという代表品種を植えた。氷見は雨が多く、昼夜の寒暖の差がそこまで起きない港町だ。スタートから色々な品種をテストしてきて、最近はスペインのガリシア州リアス・バイシャスの白葡萄にたどり着く。海のワインと称される、アルバリーノ種だ。皮が厚く雨にも強い、そして独特の酸もある。魚屋が作るワインとしてもストーリーがマッチした。

現在25000本程度の出荷する小さなワイナリーだ。そして、そのうちシャルドネは6000本、まだアルバリーのは1500本。2020年より完全天然酵母に切り替えて、醸造をされている。SAYS FARMのワインの特徴のひとつは、エチケットのシンプルなデザインにある。商品名、製造年、生産者、生産本数がひと目で分かる情報がエチケットに網羅される。僕は最初このデザインに心を奪われた。ワインをテイスティングしながら、何度もその視覚からの文字としての情報を味わっていく。とてもストレートでシンプルなメッセージだった。このデザインも亡くなった誠二さんのアイディアという。

今ではなかなか買えないカルト的なワイナリーというイメージのSAYS FARMだが、ワイン畑も拡大させて、生産量を徐々にあげていくつもりだ。2014年のメルロー/カベルネブレンドを飲ませて頂いた。美しくもストレートでとてもピュアな葡萄本来の美味しさを運んできてくれたそんな素晴らしいワインだった。今はなかなかストックをしていくことが難しい生産量ということだが、徐々にこうやってセラーで大切に寝かせた熟成されたワインも提供されていくことだろう。

僕にとっては10年ぶりのジャパニーズワイナリー訪問。帰り際に吉範さんから聞いた話では、弟の誠二さんは仕事に対してとても厳格だったらしい。ディレクターの飯田さんもついにもう限界とのアラートを吉範さんに相談されたらしい。吉範さんはそこで余命僅かであるという事実を飯田さんに初めて伝えた。吉範さんが飯田さんに頼んだのはひとつだけだった。

「あいつに残された時間、たくさんあいつの写真を撮ってもらいたんだ」

その話を聞いて、涙を堪えるのが大変だった。そしてあのSAYS FARMのワインの味は釣兄弟のピュアな想いが、凝縮されて詰まっている気がした。

氷見、いい街だった。またすぐ戻ってきたい。

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