すべからずから考える、無理が通れば道理がひっこむ—会社契約論—

ことばの意味は時とともに変わっていくものだ。日本の古典文学を読むのが趣味な僕は、現在、何気なく使われている言葉の用法が当時の観点からすると誤用だったことを知るたびに、これを痛感する。例えば、「なかなか」とか、「かたはらいたい」とか。
そして今、我々は新しい誤用に直面しようとしている、記事タイトルにもある「すべからず」だ。
テレビで林修先生が指摘したりして、有名になってる誤用だから、知っている人も多いかもしれないが、元は漢文脈のことばで、「すべからく〜べし」と繋げて、当然という意味でつかわれていた。日本の古典文学だと「平家物語」の源頼朝のセリフで見かけた記憶があるが、現代では、語頭の「すべ」の語感から、全てというイメージを喚起させることが原因で、例外なくという意味の誤用が流行っている。古いアニメとかでも聞いたことがあるから、もう数十年単位で使われている立派な用法な気もするんだけど。
とはいえ、フォーマルな場では使うべきではないってのが、常識ってもんだ。
話は変わって、日本の先人は、常識をぶっ壊すのを「無理が通れば道理も引っ込む」と表現した。度が過ぎた非常識はその他を圧倒するってことだ。けどよ、空気を読むことが美徳の日本人にはあるまじきこの発言、なんか矛盾してないか?昔こんなテレビ番組あったよな?そう、ほこ×たてだ。優劣を決めたがるのは人間の本能だ、避けては通れまい。
そこで僕は、常識vs非常識、どちらが強いかを、すべからずの誤用に起因するとある事件から判断して、やらせなしのジャッジを下してみよう!

1 事件概要

4月某日。東京都のとあるオフィスビル。

僕はそこで新社会人としてのビジネススキル研修を受講していた。研修担当の講師Aは体育大卒の、営業畑を生き抜いた、典型的体育会系の脳筋で、はっきり言ってしまえば教養足らずのバカだった。

そんな彼が研修中よく使うことばが「すべからず」だ。勿論誤用で。だが、指摘する者は一人としていない。なんでだ?おかしいぞ。誤用であることを知らないって線は考え難い。なんせその場にいた新入社員たちは、数は60人近く、質も早稲田、東大、マーチetc...高学歴のオンパレードだったからだ。

まとまってきたぞ、今回の論点は、知っていたのに何故誰も指摘しなかった(なんで、僕が指摘しなかったって疑問に思った読者の方に理由をお答えします、Aのこと嫌いだったんです。だから、そのまま放置して、いつかどっかもっとデカイ場所で恥かかせてやろう、って意地悪な魂胆で言いませんでした。Aが何故嫌いだったかはまた別の機会に。)ということだ。よし、次章の論証編にジャンプだ!

2 常識 vs 非常識

クライマックス、ほこ×たてバトルの番が来た!

その前に敵味方をちゃんと区別しておこう。
今回の常識サイドは、誤用は悪い、使用すべきではないって観念。
対して非常識サイドは、無理が通れば道理がひっこむを地で行くA

リングも選手も揃った、ついに試合の開始だ!
まずは常識サイドの検証からしてみよう、誤用って本当に悪いことなんだろうか?使用すべきではないのか?
結論から言うと誤用は悪い。なぜなら、ことばってのはコミュニケーションの道具だからだ。間違った用法ではコミュニケーションに齟齬が生まれてしまう。スムーズなコミュニケーションが是ってのはビジネスの世界ではとりわけ重要視されるべきことだ。使用すべきではないってのも同じく正しい。使用することでメリットはないし、むしろデメリットを与える可能性すらある。これら理由から、今後のコミュニケーションを円滑に進めるため、誤用があった場合指摘すべき、って考えも導き出せるだろう
次にA行動について検証していこう。果たして、無理が通れば道理がひっこむは正しいのか?
こちらも正しい、そういった事例はたくさんあるからだ。満州国を建国した関東軍、未成年飲酒に見て見ぬ振りをする居酒屋店員、朝礼でつまらないジョークを言っては無理やり社員を笑わせるワンマン社長、ほらこんなにある。
どっちも正しいじゃなあ、うーん、決着つかないぞ、これ。

こうなったら、視点の切り口を変えてみるしかあるまい。環境設定に問題があったということだ。
まず、フォーマルな場でなかったのではないか、という点について。これはNOだ。ビジネスマンを育成する研修がフォーマルな場でなかったのならどこがフォーマルなんだ。
次に、すべからずが正しい用法でないか、という点。これも見方によって変わるが、間違いないのは、ビジネスの場では使うべきではない日本語ってことだ。

ん?日本語?

待てよ、あの場で使用された言語って本当に日本語だったのか?てかあの場は日本だったのか?

つまり、日本ではなく、日本語によく似たA語が公用語のA公国領内の研修会場においては「すべからず」は正しい用法だって説だ。新入社員ことA国民はA語で講義を受けていたと、なるほど!合点がいった!問題は解決だ、常識サイドはむしろAだったんだよ!僕は外国人故の誤解をしていたんだ!(そういえば、A語では、映画を栄画と表記していたのも思い出した)

社会人諸君、会社の上司は冗談でもなく王様なんだ、背くことは許されない、これが僕の結論だ!

#エッセイ
#社畜
#ビジネス

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?