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【書評】『愛なき世界』をその世界観の中の人として読んでみた

私は大学院(博士課程)を出て、研究所に約5年勤め、その後フリーランスになったのだけど、まさかまさか、自分もやっていた「植物」を対象とした研究の、それも「基礎研究」の現場が小説の舞台になることなど想像もしていなかったので、この『愛なき世界』(三浦しおん著)が出版された時にはとっても驚いたし、しばらくは何となく、好きな漫画が実写化されたときの様な怖さがあって読めなかったの。


でもやっぱり、プロの作家から見た植物研究の世界、がどうなっているのか知りたいと言う欲求に勝てず読んでみたら、とても温かな世界として描かれていたので嬉しかったし、

そうそう、ホント、こう言うことがあるって伝えたいんだよね

とも思った部分があるので、今回は『愛なき世界』(中央公論新社、2018年)をレビューします♬

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*あらすじ*

T大のお向かいにある洋食屋の店員である主人公(藤丸陽太)は、店がデリバリーを始めたことからT大の植物学の研究室に出入りするようになる。

そこで顔見知りとなった女性研究者の本村さんにシロイヌナズナの細胞を顕微鏡で見せてもらったことから仲良くなり、恋に落ち・・・

その本村さんや周りの研究室の人、そして洋食屋さんの店主との交流を通して、働くことを含めた生きると言うこと、研究に没頭する様な形を含めて何かを愛するということ、

そんなことに藤丸が気づいていくストーリーです。

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小説ってどんなストーリーであれ、その中に作者が伝えたいテーマがあるのかなぁと思いますが、『愛なき世界』の中で私が、いっとき、その世界観の中にいた人として特に共感した部分は

153ページの
「知りたいという気持ちは(人間の根元的な欲求である)空腹に似ている。そして、うつくしいものを追い求めずにはいられないから研究するのです」

という部分と

444ページの
「その情熱を、知りたい気持ちを愛って言うんじゃないですか?」

のくだりです。


私は研究生活の後半、「こうやって”知りたい”を追求するのも楽しいけど、やっぱりもっと直接人の役に立つことがしてみたいな」と思って、出産を機に研究者としての自分に見切りをつけ、フリーランスとして活動を始めたんだけど、

そうするとやっぱり話題というか、行動の中心に「お金」がきちゃうんだよね。

そのことにやっぱり今でも違和感があって

お金にはならないかも知れないけど、好奇心や愛情のようなものや、楽しみと言ったところにもっと目を向け、価値を見出すことがお金も含めた循環を大きくするのではないかなーーという気持ちが強くある。


だから、植物の基礎研究というお金からもっとも遠い現場(学生なんか学費を払って研究しているのだから!)を、こうして温かい目線で描いてもらえて、良かったなぁと思いました。


とはいえ、本村さんが主人公と結ばれずに「愛なき」植物を選ぶところは、女性が研究(仕事かも知れない)を続けていくことの難しさの裏返しでもあるし、

そこは、大学院を出た時に、お世話になった教授に「研究を続ける気なら、他のものは捨てなくてはいけないかも知れない。女性は特に」と言われたことを思い出しました。


まぁそんな現実もありつつ、研究生活や研究者のおもしろい生態が展開されていますので、ぜひぜひ多くの本好きさんに読んでもらいたいと思います♬


話は逸れますが、研究者ってそんなに堅物ではなくて、恋愛相手が研究者同士ということが多いこともあって(これはアンケート調査でもわかっている)恋愛は割とオープンです。遠距離恋愛・遠距離結婚も多いですしね。

ではまた!

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