夜雨が降りはじめる 幾何学的な街道は ビニール傘越しに 無数の色に溶けてゆく これくらい ぼんやりとした世界だったら この柔らかな体は もっとなじめただろうに 街灯の橙に包まれ カラフルな信号機に照らされて 思考を薫らせる私は 水面に浮かぶたんぽぽの綿毛のように 夜道をゆらゆらと流されていく
夜を滑るバス 喧噪の波をくぐり、静かな暗闇へ繰り出す いったいどこへ向かうのか 窓に佇むのは白シャツの男 物憂げな表情を浮かべ ぼんやりと浮かぶ眼は 雨に濡れる庭石のように 艶やかな黒を灯す 手元の音楽プレイヤーから 引き抜かれたイヤホンのプラグは 振動とともにぶらぶらと空を揺れて 夜の音を届けている 滑り続けるバス いったいどこへ向かうのか 揺れるまま 身体を窓に預けたまま ほとんど静止した時間の中で ただ 夜の音を聴く
よくこねた小麦色の生地は 柔らかく弾力がありよく伸びて 大きな一枚の広がりとなる そこに差し込まれていく 大きな銀の金型 産み落とされていく 形作られた者たち 今残るのは 不揃いの枠たち 歪んだ切れ端をうねうねと動かしながら きれいな形に なろうとしている あのころの形に もどろうとしている
「らっこは寝るときね、 流されないように手をつなぐらしいよ」 ささやく彼女を 気づかれないようそっと抱きよせる 想いが夜に 流されないよう
まずは地図を、用意するところから。 たぶんこの辺かな 大きな赤い二重丸を記す ざっと線を引くところから。 短い線が 書き足されていく 荷物をリュックに詰め込むところから。 想像してたよりも 持っていくものは少なくて これで足りるのかと 少し不安になって 天気を確認 まあだいたい 曇りよりの晴れ まあこんなもんでしょと 独り言 ジャストサイズより少し大きなシャツを着て 足元には年季の入ったスニーカー たまには洗ってやらないと イヤホンをつけ 浅く
夜は眠り 眼はいまだ光る Gに任せ ベットからズルズルと落下する体 背に当たる固い床の感触と いつもとは違って見える天井が やたらと新鮮で 天井の向こう側の 星空も見えるような気がして 星空が横たわる宇宙に 思いを寄せると ほどなくして 寝転がる子供の夢を乗せたロケットが ずずずず ずずずずずと 打ち上げられる そして 寝ている友達を 家族を 住んでいる街を 世界を 知ってることも 知らないことも すべて一様に 見下ろしてやるのだ
ドアの前 意識もなく右か左のポケットに手を入れこむと ごみとともに持ちなれた灰色の鍵 沈み込むように倒れこむ 天井のひもがぶらぶらと 目で追うことしかできなくて からっぽな脳にはもう音楽だけ 音楽だけの隙間しかない ごそごそと 誰かが体に手を入れる 出てきたのはほこりと塵と 3年前の レシートだけ
秋は自分の好きな花が咲く 名前はわからない。実を言うと、見たことすらないかもしれない。 ただ、秋になるとどこからともなくこの匂いが漂い、幸せな気持ちになる。 幼いころも嗅いだことのあるこの匂いがトリガーとなり 瞼裏には、午前中で学校が終わったのであろうか 自分と誰かがしゃべり、戯れながら下校する様子を 青々とした山と青空とこのにおいを背景に ずうっと引いたところから眺めている。 時間の流れと五感が混ざり合い 空っぽになったとき 空っぽになった分、 なにか
てのひらに包む 小さな布袋 きめ細かい麻で編まれたそれは 周りと比べて決して大きくはないけれど どこかほっとする お気に入りの袋だった それなのに 角ばった石ころが 否応なく詰め込まれる もの言わせぬように 力いっぱい押し込まれ はちきれんばかりの様相で 悲鳴を上げている。 本当は 本当は透き通るようなビー玉でいっぱいにしたかった。 玉と玉がこすれて 澄み切ったかすかな音が 体中にひびきわたるような それでいて 静かな空間に佇むような__
夜が更ける 12時を回ったころ もうすぐ今日が終わる そんな予感がする。 布団に入って目を瞑れば もう明日の世界へ 「さみしいけど、今日はもう終わり。」 なんて、そう簡単に割り切れなくなった。 薄暗い部屋で ウイスキーを開ける。 12時に帰ってしまう君を もう少しだけ引き止めたくて 燻香漂う中 体を預け ゆっくりと ゆっくりと 溶けていく 一つになっていく 心地よい静けさとともに
頭の中で会話を探す 何聞いたらいいんだっけ 趣味?出身?今着てる服とか? 本気で興味があるのってなんだっけ? 脳の奥がチクリと痛む 幾重ものフィルターを通して発する言葉は 不快なほどに無味で 思わず想起する 当たり前のように話せてたあの頃を 聞きたいことはいくらでもあった 毎日40分の休み時間でも足りないくらい 話すこともたくさんあった 今よりうんと小さな世界だったのに 二度と手に入らない時間が恋しい。 ほろ苦いというにはあまりにも苦く 切ないと
落ち葉に埋もれる。 梅雨の大雨をたっぷりと吸った枯葉が 体を覆う。 じめじめとした湿気と 部屋干しに失敗したようなにおいと じっとりとした重さが 体を押さえつける ここにあった小さな火は 燃え広がること叶わず、 細い煙が昇るばかり ゆらゆらと揺らぐこともなく すっと消える 消えてしまう 雨は降ったまま 体は冷たく
料理のカスが排水溝をふさぐ 汚れた水が食材の切れ端とともに浮かんでくる 心底不快な面持ちで 詰まったごみを書き出して捨てる。 平日はこまめに掃除ができない 仕事して床についてそれだけを繰り返して 心が詰まる。 流れなくなった水に溺れそうになって ほとんど息を止めたまま 土日になったらあれしようこれしようと なんとかごみを掻き出そうとして 結局全部は捨てきれず 残ったまま月曜日を迎える。 体がだんだんと腐臭にまみれていくことに ぼんやりとした恐怖を感
ぬるい雨が降る中、 ほとんど文字がかすれた看板には ただ一言、「蕎麦屋」と書かれていた。 引き寄せられるように、仄かに暗い店内へのドアを開け 深い茶色のカウンターに座る。 入ってきた扉は風でばたばた揺れながら 季節外れの風鈴を鳴らし それ以外は驚くほど静かだった。 くたびれたエプロンを付けた老人が カウンターのすぐ後ろの調理場でえびを揚げる。 彼はほとんど身動きせず、 えびがじゅっと音を立て揚がっていく様を見守っていた。 消え入りそうな「おまちどう」と
愛なんて そう簡単に 交わらない ことを 知っていて、いまだ夢の中 さっき聴いたSPENSRの愛なんてって曲の歌詞です。 結構好き
キィキィと鍋が鳴く。 大地の恵みを詰め込んだトマトスープが 出来上がったことを教えてくれた。 木の器に盛りつけると それが何倍にもおいしそうに見えて 思わず笑みがこぼれる。 遅めの昼食にしよう… そういえば今何時だっけ 窓に目をやると木がゆらゆらと風に身を揺らしていた。 そんなことはどうだっていいか 時間がわからない時間を、精一杯大事にして スープをすすり石垣りんの詩集を開く 「 おみやげ 近年旅からのあんないい贈り物はなかった。 さびしく 美し