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国際ルールの国内法への反映・源流はここにあった 【大川原化工機国賠訴訟3】

大川原化工機及び同社社長他幹部が外為法違反(不正輸出)として起訴された事件で、2021年7月30日、第一回公判期日を目前に控え、検察官は異例の起訴取り消しを行った。これを受け、東京地裁は8月2日に公訴棄却を決定。事件は突然に終了した。2021年9月8日、大川原化工機らは、警視庁公安部による大川原氏らの逮捕、及び検察官による起訴等が違法であるとして、東京都及び国に対し、総額約5億6500万円の損賠賠償請求訴訟を提起した。

前回の記事で、噴霧乾燥器(スプレードライヤ)の輸出規制に関する国際ルールの形成について解説しました。この記事では、国際ルールの制定を受けて行われた国内の法整備について、国賠訴訟の訴状から一部抜粋したものに補足解説を追加して、解説します。

日本法への反映

 国際ルールの制定を受け,日本においては,平成25年10月15日に政省令が改正され,噴霧乾燥器が規制対象に加えられた。

省令において定められた噴霧乾燥器の規制要件は,次のとおりである(貨物等省令2条の22項5号の2)。

五の二 噴霧乾燥器であって,次のイからハまでの全てに該当するもの
イ 水分蒸発量が一時間あたり0.4キログラム以上400キログラム以下のもの
ロ 平均粒子径10マイクロメートル以下の製品を製造することが可能なもの又は噴霧乾燥器の最小の部分品の変更で平均粒子径10マイクロメートル以下の製品を製造することが可能なもの
ハ 定置した状態で内部の滅菌又は殺菌をすることができるもの

ハの要件の「不適切な和訳」

 このうち上記「ハ」の要件は、国際ルール原文の "capable of being sterilized or disinfected in situ" に対応するものである。

 AGで合意された (being) sterilized に対応する用語として,日本の省令では「滅菌」の文言が用いられた。これは,学術上も特段問題のない和訳であった。

 他方,(being) disinfected に対応する用語としては,「殺菌」が当てられた。

しかし, disinfected は,微生物学及び医療分野において「消毒(される)」を意味する語である。「消毒」が学術上確立した概念であるのに対し,「殺菌」は必ずしも消毒と同義ではなく,語彙も曖昧かつ多義的である。その意味で,省令における「殺菌」との用語は,AGの原文に忠実ではなく,不正確であった。

 そして,曖昧かつ多義的な「殺菌」との文言が当てられたことは,本件要件ハの解釈に不明確さを残し,AGの合意と異なる意義を想起させる危険すら生じさせることとなった。
 「殺菌」との和訳が不適切である旨は,本件の捜査の過程においても多数の有識者から指摘されている。


「定置した状態で内部の滅菌又は殺菌をすることができるもの」とは何か?

 本件要件ハの趣旨は,製造前後における曝露の防止である。
 すなわち,定置した状態で内部の滅殺菌をすることができる噴霧乾燥器のみが規制対象とされるのは,定置した状態,すなわち装置を分解せずにそのままの状態で,内部の滅殺菌をすることができなければ,病原性微生物が製造者や外気に拡散して人が被爆する危険があり,生物化学兵器の製造用に安全に使用することができないからである。
 噴霧乾燥器による乾燥工程の際,製造された粉体の大部分は製品回収用のポットで回収されるが,装置内部に付着ないし堆積した粉体は回収されずに残る。細菌等の粉体を安全に繰り返し製造するには,製造された粉体のうち製品として回収されない全ての粉体に含まれる細菌等を,曝露させることなく殺滅することができなければならない。
 そのため「定置した状態で内部の滅菌又は殺菌をすることができるもの」のみが規制の対象とされているのである。

 以上の趣旨からすると,「定置した状態で内部の滅菌又は殺菌をすることができるもの」とは,粉体が洩れないように,分解せずに装置内部のすべての箇所を滅菌又は殺菌された状態にすることができるもの,を意味すると解される。

<解説1>「定置した状態」での意義

 「定置した状態で」とは、分解せずにそのままの状態で、ということです。
 内部に粉体が残った状態で装置を分解してしまうと、粉体が作業者に曝露してしまうので、分解しないと滅菌又は殺菌できない噴霧乾燥器は、本件要件ハの要件を満たしません。

<解説2>「内部」の意義

 「内部」とは、粉体化した微生物が残留しうるすべての箇所を指します。粉体の多くは製品ポットに集って製品として回収されますが、乾燥室の内壁配管の内側サイクロンの内壁排風機と、至るところに残留します。バグフィルタのある噴霧乾燥器の場合はバグフィルタにも粉体が残留します。

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さらにいえば、製品ポットの蓋の天井部分にも粉体が残留します。

<解説3>「滅菌又は殺菌をすることができる」の意義

 製造前後の曝露防止を目的とする以上、「滅菌又は殺菌をすることができる」とは、微生物の粉体が残りうるすべての箇所を「滅菌又は殺菌」することができる、という意味であることは明らかです。
 問題となるのは「滅菌又は殺菌」とは何かです。

 滅菌とは、あらゆる微生物をすべて殺滅又は除去する方法をいいます。厚生労働大臣の定める日本薬局方において微生物殺滅法として細かな解説がなされているため、概念は明確です。例えば、蒸気滅菌の条件は、圧力と飽和水蒸気の温度によりますが、1.7barの場合115.2℃を30分間保つことで滅菌された状態に達するとされています。乾熱法では、160℃〜170℃で120分というのが最も低温での滅菌条件です。

 これに対し,殺菌は、日本薬局方にも定めがなく、微生物学上、医学上も明確な定義がなされていません。もっとも、前回の記事で解説したとおり、「ハ」の要件の「殺菌」は、国際ルールにおける「being disinfected」が不正確に和訳されたものです。Disinfectionは、微生物学上「消毒」と呼ばれていますので、ここでいう「殺菌」は微生物学上の「消毒」を指すものと解するのが相当といえそうです。

 次回は「滅菌又は殺菌をすることができる」について更に掘り下げます。実は国際ルールでは、(being) disinfectedについて詳細な定義が置かれていたのです。


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弁護士高田剛弁護士小林貴樹


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