2020年のテレビドキュメンタリーを振り返る

今年、度肝を抜かれたテレビドキュメンタリーを振り返ろうと思います。網羅的ではなく、とてもとても独断的な記事です…!

認知症の第一人者が認知症になった/NHKスペシャル

概要
〝君自身が認知症になって初めて君の研究は完成する″かつての先輩医師の言葉を胸に、自ら認知症であるという重い事実を公表した医師がいる。認知症医療の第一人者、長谷川和夫さん(90)。「長谷川式」と呼ばれる早期診断の検査指標を開発、「痴呆」という呼称を「認知症」に変えるなど、人生を認知症医療に捧げてきた医師だ。NHKはこの1年、長谷川さんとその家族の姿を記録し続けてきた。

医者であり患者である長谷川和夫の言葉はとても客観的だ。「生きているうえでの『確かさ』がなくなっていく」などと自身の病気の進行を冷静に分析していく。実験を楽しんでいるようにさえ見える。
しかしその一方で、「僕の生きがいはなんだろう」「人間の力の限界ってあるんだろうね」「死のうかと思った」などととても人間的な言葉に強く惹かれた。

ある講演会でいきなり歌を歌い出した長谷川。元々プログラムの最後に歌うことになっていたのだがこれも認知症なのか…。と思った矢先、本人にその本意を聞くと、「気分が変わるかと思って」。なんと場の重い空気をほぐしたかったというのだ。
それを聞いて家族は、昔から周囲を楽しませてきた彼の性格だけが変わらないものだと気付きはじめる。今後は寄り添い方も少しずつ変わっていくのだろう。とても美しい物語だ。

人知れず表現し続ける者たちⅢ/ETV特集

概要
“なんだかわからないけれど、なんだかすごい”既存の美術や流行、教育などに左右されず、誰にも真似できない作品をつくり続けるアーティストたち。27歳の女が自分の姿をボールペン一本で描いた細密画や脳性まひの画家が不自由な手で何度も塗り重ねた油絵など、その作品世界に8Kの高精細で臨場感あふれる映像で迫る。独創的な作品からかいま見えるアーティストたちの人生。その創作の現場から「生きること」の意味を問いかける

いわゆるアウトサイダーアーティストのシリーズ。中でも印象的だったのは「はくのがわ」27歳・躁鬱病。
自宅の床にスーパーの刺身とビールとよく分からない黒い飲み物を広げているシーンから始まるが、次の瞬間、風呂の横の壁に衝動的に色を塗りつけていく。太陽を擬人化したような絵は日々刻々と変化させていくもので完成はない。

他に書いているものは自画像だ。でもそれは“食べながら吐いている”バケモノである。絵を描くことで自分が存在していいかどうか確かめたかったという。以前はリストカットをしていたそうだ。
彼女は言う。「生きてていいですかって言ったときに生きてていいですよと言われたい」どんな人も生きてていい世界に早くなってほしい。

全力で、いってみよう!〜コメディアン・萩本欽一〜/プロフェッショナル 仕事の流儀

概要
「視聴率100%男」と称されたTV界のレジェンド・萩本欽一(78)。去年、80歳までの2年間を“笑い”に専念すると宣言。無名の芸人や俳優を相手に、笑いの徹底指導を始めた。さらに、新たなコント作りにも挑戦。「昭和の奥ゆかしい笑いが欲しくなる、そんな時代が間違いなく来る」と語る萩本。太田光、香取慎吾が見た欽ちゃんとは?“老い”と闘いながら追い求める笑いとは?希代のコメディアンの知られざる日々を追う。

欽ちゃんのドキュメンタリーはなんだかんだよくやっているが、今回もとんでもなかった。
若手コメディアンを育成するためのオーディションイベントにて熱心に指導をする萩本。調子良く見えたが、突然ふらふらと座り込んでしまう。脱水症状だ。命の危険もあるためスタッフも慌て出す。
しかし「やっててくれよ」と続きを促そうとする萩本。場にどっと笑いが起こる。こんなときにも笑いへ執着するとはテレビの前で驚くしかない。
「あのままどっかフワーといったらさ 最高だったな」今日も彼は新たな坂上二郎を探してオーディションを続けていることだろう。

みんな先に行っちゃう。/ノーナレ

概要
20年以上ひきこもってきた、佐藤学・42歳。小学3年生から不登校。なんとか仕事を始めてみるが、挫折し、ひきこもる。それを繰り返してきた。「納得できない」「認められたい」「取り戻したい」。焦燥感が募る中、過去を清算し、ひきこもりから抜け出すために、長年冷戦状態だった父親との対話を試みる。ひきこもる自分をどう見ていたのか? 今は亡き母には聞けなかった問いに、父は初めて息子への思いを明かす。

少し鬱が入っている引きこもりの男性。クライマックスで父と対面するシーンは圧巻だった。
「なぜ子供の頃精神科に連れて行ってくれなかったの?もっと早ければ…」と問い質す彼。父は父なりの昭和的な育て方が当時あったようで、色々と言い訳のような言葉を発する。が、最終的には悲しさや悔しさなどいろんな感情が爆発的に溢れ出し嗚咽する。
昔の自分が間違っていたのだと、真っ直ぐ向き合えたことは本当に凄い。このシーンは今年ナンバーワンの衝撃だった。

“ワケあり”りんご/ETV特集

概要
「私たち、野菜でも果物でも人でも、ワケあり大歓迎です」。産みの親を幼い頃に亡くした真由美は、施設や里親のもとを転々とし、18歳できみ江という女性の養女となった。きみ江には、かつて子どもを産むことが許されなかった辛い過去がある。やがて成人した真由美は、妻子を置いて失踪した兄の子を引き取り育てることに。それぞれに事情を抱えた他人同士が肩を寄せ合い、築き上げてきた家族の物語。あなたの家族は、何色ですか?

この概要だけでも家族構成が複雑すぎて分かりにくい。
きみ江はハンセン病患者であり、隔離を受けたり、偽名にさせられたり、結婚しても子を持つことが許されなかったのだ。
そこで真由美を養子として引き取ったというわけ。そして真由美は2人の子を産み、それとは別に兄の子を「一人にさせちゃいけない」と引き取ったという形。

これだけでも凄いが、さらにコロナ禍でひびの入る家族を描いたところがまた凄い。
ADHDの長男の子育てにストレスを抱えだす真由美。これはもうだめだとショートステイの活用を検討する。
そして生活を安定させるため夫は新たな仕事を探しているがなかなか決まらず。きみ江もコロナのため子や孫に会いに来られない。

血がつながっていても、お互いのためなら離れるときは離れる。血がつながっていなくても、困っているなら家族になる。
この形が最善なのであれば、誰が何と言おうと関係ないんだよね。
きみ江は最後に言う。「私はわけありりんご。踏まれても蹴られても私は人が食べてくれることで頑張る。」


というわけでこの辺で終わりにします…!
その他にも書ききれないほど名作揃いだった2020年。年末年始に再放送される作品もあることでしょう。

<その他>
・5,500人の誕生に立ち会った74歳の助産師/セブンルール

産婦にとことん寄り添い、自然な分娩にこだわる院長の矢島床子。なかなか産まれないときはぐるぐる坂という場所へドライブに。おかげで無事出産。泣くに決まってるでしょ!

・東京でビッグになりたい ~所持金10万円の上京ホームレス~/ザ・ノンフィクション

一文無しからFXを始めて六本木ヒルズに転がり込むケイタのトンデモ物語。最後に父親が「人が喜ぶことでお金を得なさい」的なことを言っていたのが心に響いた。

・自分を拾う、夢を運ぶ~ゴミ収集員・岳裕介~/プロフェッショナル 仕事の流儀

過酷なゴミ回収の業務が終わっても、ゴミ出しのやり方が間違っているお店一件一件に回って説得していく岳。こういう地道な活動しか社会は変えられないよなあ。