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フラワーホールのようなあなた

スーツのジャケットなどの下衿についているボタンホールのことを「フラワーホール」と呼ぶ。
今ではよく社章などをつけているイメージのあるあれだ。

これは元々、本当にボタンホールの役割を持っていたという。詰襟のような形の軍服を開襟したとき、一番上のボタンを使わなくなった。そのボタンホールの名残が、今のフラワーホールと言われている。首元までボタンを閉じることができるトレンチコートを開襟した状態などをよく見ると、この構造がよく分かるだろう。

では、なぜフラワーホールという名前がついたのか。これは一説によると、花束から抜き取った一輪の花をこの穴に挿して飾った、という話にまつわる言い方らしい。生花とはいかなくとも、フラワーホールに可愛らしいラペルピンを飾ったりするお洒落は今でもよく見られる。


私には、今までの人生で出会ってきた人々の中に、焦がれるような憧れの感情を抱いた人が四人いる。その中の一人は、高校時代の部活の先輩だ。私は今でも彼女を「先輩」と呼び慕っている。

先輩は、まるでフラワーホールのような人だ。
あるときふと、そんな比喩を思いついた。

先輩は以前から、自分は世の中の必需品にはなれない、と呟いていた。
その上で、だからこそ自分が美しいと思ったものを声高に主張していきたい、と叫んでいた。

フラワーホールは、もはや必需品ではない。元来の役目を全うし続ける他のボタンホールと比べれば、目にも留められない。

それでも、私はフラワーホールが好きだ。今ではただの飾りに見えるとしても、それにはれっきとした歴史があり、そこに存在する意味がある。
そして、見向きもされなかったそれに気付き、小さくも繊細なピンが飾られている姿を目にしたとき、フラワーホールは他の何にも代えがたい輝きを放つ。真っ暗な生地の片隅を、唯一無二の光で、うつくしく、愛おしく、照らし出す。


フラワーホールに限らず、私はスーツの仕立てが好きだ。特にトレンチコートなどは、一見何のためについているのか分からない沢山のパーツにまでそれぞれに意味があり、機能美を大いに感じられる。ネクタイの結び方、シャツの襟や袖の形、ポケットの仕立てにまでいちいち沢山のバリエーションがあることに、感動を覚える。

だから、例えばジャケットの胸ポケットが見掛け倒しのフェイクだったときなど、大いに落胆する。高校制服でブレザーを着ていた頃から、上着のポケットの使い道に工夫を凝らしたり、シャツの袖のまくり方を何種類も覚えたりしていた。今では、ビジネスシーンで使う機会がないのを知りつつ、プライベートで着飾るためにベストやネクタイを持ったり、ラペルピンやカフスボタンを増やしたりしている。

欠けていいものなんてひとつもないのだ。必需品でなくても、それぞれが独自の美しさを持っている。それらひとつひとつに目を向け、丁寧に向き合って輝きを見出すのは、なんて楽しいだろう。そうやって生きていけたら、なんて幸せだろう。
スーツの話から一段抽象化して、こんな言い回しを広く社会や人間に当てはめようとすると、途端に綺麗事に聞こえるかも知れない。でも、私だって自分が美しいと思ったものをまっすぐ信じて叫びたいのだ。私はこういう人間だ、と。


フラワーホールのような先輩。私はあなたに気付くことができて、本当に幸せだと思う。
できることならこれからも、あなたの目から見た世界の美しさを、あなたの声で聞かせ続けて欲しい。



(見出し画像は、以前作った歯車のラペルピン。ピンバッジ2つとチェーンがそれぞれ別々のパーツなので、帽子につけたりしてバリエーションを楽しんでいる。お気に入り。)

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