Podcastの裏側〜OPSODIS 1のこと〜
またサウンドバー詐欺かぁ……。
初めてOPSODIS 1の記事を見かけたときはそう思った。だってこれまでも、「この1本で映画館のようなサラウンド感!」っていう宣伝文句を飽きるほど見てきたじゃないですか。そのたびに期待して、そのたびにがっかりしてというのを嫌というほど繰り返してる。
この場合、「サウンドバー詐欺」というのはちょっと言葉がすぎるかも知れない。作る方だってきっと一所懸命作ってくれていて、本当に映画館のような包まれ感を演出しようとしてくれているんだと思う。
それでもやっぱりフロントスピーカーだけでサラウンドというのは無理があって、なんとなく広がってる感じにしかならない。サウンドバーのフロントスピーカーだけによるサラウンドは部屋の反響を利用しているものが多くて、リヤ側の音は視聴者の後ろの壁に反射させて届けることになる。
そうするとどうしても音がぼやけてしまって、どこから音がしているのかピンとこない。もっともリヤの音は包まれ感の演出だけに使っていることも多くて、たとえば森の中の葉擦れの音とか、そういうのは定位があまり定まっていなくてもいいと思うんだけど、逆に「ここから音を聴かせたい!」というときに困っちゃう。たとえばホラーとか、スリラーとか、そうでなくても最近はキッチリとサウンドデザインされている映画が多いから、それを家で楽しもうと思うといまひとつ。
それをなんとかしようとして、後ろや横で反射させる音はビームのように収束させて出すとかいろんな工夫をしてくれてるんだけど、やっぱり映画館のようにはいかない。
だからOPSODIS 1とかいうのも、まあそんな感じかなと。
それでも妙にひっかかるものがあって、特に「頭部伝達関数」という響きに魅了されて、半信半疑で二子玉川の蔦屋家電+に体験に行ってみました。
そうしたらまあ……、なんだそのめちゃくちゃな音像定位は!?
明らかにこれまでのサウンドバーより、それどころか下手な映画館よりも包まれ感が強い。どこで音が鳴ってるか明確にわかる。映像に合わせて、音が真後ろに移動する。
なんでこんなことができるのか、その秘密が「頭部伝達関数」。「関数」というと途端に難しく聞こえるけど、要はこういう入力に対してこういう出力を返しますよ、という式のこと。「このボタンを押したら、こういう動作をします」っていうリモコンの背景で動いてるのも、基本的に関数。頭部伝達関数の数式自体は複雑きわまりないんだけど、そういうものがはたらいてるんだなと思っていればOK。
その式を使って、「ここからの音はこう聞こえるはず」という調整をしてスピーカーから出してる。
たとえば自分の真正面と真後ろから同じ音がしたとしても、耳に入ってくるときには微妙に音が変わる。真正面からの音は直接耳に入ってくるのに対して、真後ろからの音は耳介にぶつかってから入ってくる。
隣の部屋の音が壁を通してくぐもって聞こえるのと同じように、耳介に遮られた音はほんの少しだけくぐもって聞こえる。それを人間の脳は「後ろからの音だ」と判断してる。そう考えると人間の脳ってすごい……。
OPSODIS 1はそれを計算で作り出して、前からの音を後ろからの音だと錯覚させている。もちろん耳介による音質変化以外にも様々な要素があるけど、基本的に前後はこの理屈のはず。
そしてもう1つ重要な要素が、左右あるいは音の分離。
ASMRに代表される、強烈な没入感はヘッドホンやイヤホンだからこそ実現できる。なぜならヘッドホンは右の耳には右のユニットから、左の耳には左のユニットからの音しか入らない。これを利用すると右から左のどこに音を定位させるか精密にコントロールできる。
スピーカーでこれができないのは、右のスピーカーの音が左の耳にも入ってしまうから。スピーカーからの音は空間を伝わるものだからこればっかりは仕方がない。そう思ってた、OPSODIS理論を知るまでは。
OPSODIS 1というサウンドバーの「OPSODIS」とは、「OPtimal SOurce DIStoribution(最適音源配置)」のこと。音を最適に、思うとおりに定位させる。
そのためには左右のスピーカーの音が混ざってはダメで、それをどうやっているかというと、理屈は単純。右のスピーカーから出た音が左の耳に届くときに位相を90度ずらした音をぶつけて相殺する。この辺はノイズキャンセリングヘッドホンと同様の理屈。理屈は単純なんだけどそれを精密にやるとなるととんでもない計算が必要になるはず。
位相をずらした音をぶつけて相殺するにはタイミングがピタリと合わないといけない。OPSODIS 1はスピーカーから頭までの距離を60cmで想定しているので、その条件で計算すると、左右のスピーカーから0.00044秒タイミングをずらして音を出さなくちゃならない。0.00044秒って!
これをすべての音に対して連続的に行い、なおかつ先述の音質面の調整もやる。考えただけで気が遠くなる……。
すごいなあ、こんなことできるんだなあ、詳しく聞きたいなあ……。
それに加えて「これ知らないのもったいないよ」という思いがふつふつと湧き上がってしまったので、鹿島建設さんに連絡をとってみると「ぜひ取材に来てくれ」と。
そういうわけでお話をうかがってきたのが「そんない雑貨店 第434回『OPSODIS 1を知ってるかい?』」
詳しくはOPSODIS 1を作ったご本人である村松繁紀さんと安藤達也さんのお話をお聴きいただくとして、ここでは少し裏話を。
できる限りの勉強はしてきたけれども相変わらずガチガチに緊張して鹿島建設さんに到着。さわやかな広報さんに案内していただいて立派な応接室に入ると、すでに村松さんと安藤さんがいらっしゃる。
どうしよう、なんかもうアーティストとエンジニアの雰囲気がバチバチに伝わってくるんですけど。ていうか、大人の余裕が醸し出されちゃってるんですけど。
とはいえこちらだって数々のインタビューを成し遂げてきた「そんない雑貨店」店長ですからね。悠然とご挨拶ですよ。
「ありがとうございます!」
お二人の顔に同時に「?」が浮かびましたよね。やってやりましたよ。度肝を抜かれましたよね。僕だってそうですよ。自分でもいきなりなにいってるんだと思いましたもん。
「いや、あの、こんなすごいスピーカーを作ってくださって……」
「ああ……」
お二人の顔に笑顔が広がります。世間ではこれを失笑というんでしょう。だって社会人はね、名刺交換とか挨拶とかをまず第一に行うものなんですよ。それをすっ飛ばして、「スピーカー、すごいっすね」ですもんね。
それでも村松さんも安藤さんも大人の余裕でにこやかに応対してくれました。「コイツは、ほんとにOPSODIS 1が好きなんだな?」と。
そしてあらためてご挨拶をし、お飲み物まで頂戴してインタビュー準備です。相手は音響の専門家ですからね、こちらも抜かりありません。ア・バオア・クーに向かう初代ガンダムか、フル・フロンタルとの最終決戦に臨むフルアーマー・ユニコーンガンダムなみのフル装備です。
大きなジュラルミンのケースから3本のマイクとレコーダー、それもホーンジャックではなくXLR端子接続です。さらにサブ機としてのICレコーダー、サブサブ機としてのICレコーダーをセッティング。
「コイツ、できる……!」とお二人が思ったかどうかはわかりません。でもそう思ってくれていると信じていないとプレッシャーで押し潰されそうです。
そんなこんなでインタビューは始まったのでした。
さてこのインタビュー音源、実はマイクで録った最高音質のものは使っていません。お気づきになりました?
事前の想定ではインタビュー部分はマイクで録ったもの、audiobook限定版の体験レポート部分はICレコーダーで録ったものを使おうと思っていたんです。
しかし実際に編集してみて思いました。
「音が良すぎる……」
今回はOPSODIS 1というすばらしい音のスピーカーについてのお話ですから、インタビューも音がいいに越したことはない。特に今回は音に興味のある人が多く番組を聴くでしょう。
そうなったときに、はたして音がいいことがプラスになるか。
「そんない雑貨店」は音質には気を使っているし、いまどき音がいいのはあたりまえ。ではあたりまえに聞き取りやすく、ノイズの少ない音質でお送りしたときに、なにかひっかかるものがあるか?するりと流れていってしまわないか。
むしろいかにも「普通の部屋でインタビューしました」的な音質で聴いてもらった方がフックになるのではないか?
「音のいいスピーカー」の話をしているから、聴いている人は「いい音ってなんだろう」という思いを無意識にでも持ってくれるのではないか。そうなったとき、いま聴いている音がいわゆる「いい音」ではなければ、逆にそれを意識してくれるのではないか。そんな思いであえてサブ機で録った音を使っています。
そして体験レポート部分の裏話。
村松さんのお話にあったように、「普通のステレオ音源にも、位置情報を持っているものがある」そうで、それを体験させてくれるべく、あるアーティストの楽曲を再生してくれました。ただもちろん、楽曲をポッドキャスト番組で流すわけにはいかないのでこれはカット。
そしてもう1つ直接使うわけにいかなかったのが映画館などで観られるテスト音源。YouTubeに公開されているATMOS音源を聴かせていただいたんだけど、これも番組で流すには著作権的に怪しい。
それなら単純にカットでも良かったんだけど、でも映画用のATMOS音源がこれだけ再現できるというのはお伝えしたい。じゃあ、その音だけ切ればいいかというと、その音の最後に重ねて僕が「うっそだあ」といってるから、これまで切るとなるとそのあとの広報さんとのやりとりまでカットすることになってしまう。
というわけで、いかにもテスト音源らしい低音の「ドドーン」という効果音を作り、その上に新たに録音した「うっそだあ」を被せることに。
とはいえ自宅で録るとなると音質がまるで変わってしまう。上でも触れたけど人間の耳と脳ってすごく敏感なので、音質、反響など、ほんのわずかな違いを感じ取ってしまう。
で、結局どうしたかというと、がんばってやりました。
マイクとの距離を工夫して、イコライジングして音質を揃えて、さらにリバーブで残響を調整して、違和感がないように仕上げました。
それでもよく聴くとわかると思うので、確認してみてください。
【追記】
こうやってがんばって取材した結果、開発者の村松さんから「とっても愛のあるインタビュー、ありがとうございました」というお言葉をいただきました。