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「ヨガ日記」7. You are your own teacher.

4年間所属したヨガスタジオを辞めることにした。理由はいくつかある。
個人的理由と社会的理由。

1月中旬に喉の痛みを感じたので大事を取って2週間の自主隔離でレッスンを休んでいる間に急に決心し、このままレッスンに戻ることなく消えることにした。当然予想されたことだが若手のインスタラクターちゃん達から責め上げられた。
「生徒さんが寂しがります!」

実はこのまま戻らず、つまり私のレッスンに熱心に通って下さった生徒さんたちに何のあいさつもなく消えてしまうことを選んだ理由は生徒さんに惜しまれたりされたらエモい所を見せてしまうかも知れないと怖くなったからだ。
それがバレるのは嫌なので私はこう説明した。
「大丈夫。私は明日逝っても悔いのないように常に一期一会でレッスンをやっているから」

その夕方もイントラちゃんの一人と会った。彼女は本気で私に怒っていた。コーヒーを飲みながら2時間近く私の思いを説明して何とか理解してもらいホッとして別れた後だった。もう外は暗くなりかけていてコロナ以来人通りが寂しくなった街を歩いていたら寄りにも寄ってこんな日に生徒さんにばったり出くわしたのだった。

ピンク色の髪の彼女は数年前からスタジオに会員登録はしてくれていたが、イベント関係の仕事が忙しかったのか数ヶ月に一度くらいしかレッスンに現れなかった。当然ヨガはビギナーレベル、何とかポーズの形を作るくらいで筋肉の使い方や呼吸やエネルギーに集中するといった次のステップには程遠かった。

コロナが流行り始めたちょうど一年前に久しぶりにレッスンに現れた。その時の彼女は見るからに落ち込んで暗かった。聞くとコロナでイベントが軒並みキャンセルで仕事がなくなってしまったのだそうだ。それから1ヶ月ほど緊急事態宣言でスタジオも閉まるまでの短い間熱心に通ってくれた。

その短い間に彼女を始め厳しい状況の中ヨガに通ってくれる生徒さんを励まそうと色んな話をした。不安の中でも自分の呼吸と身体とつながっていることを見失いさえしなければ不安に押し流されてしまわなくても済むこと。
身体のエネルギーの流れを整えることで良い時も辛い時も上手く波乗りしていけること、などなど。

緊急事態宣言が開けスタジオが再開した時に戻ってきた彼女を見てびっくりした。
表情も明らかに晴々としているし集中度とそのエネルギーの使い方も洗練されていたのだ。聞くとロックダウン中、家で自分で毎日練習したとのこと。
ヨガインストラクターをしているとこういう生徒さんの変化をしばしば見かける。私は常日頃生徒さんにはこう伝える。
「ヨガの上級者というのは必ずしもアクロバティックなポーズやプレッツエルのようなポーズが出来る人ではありません。どんな初歩的なポーズでも呼吸と動きが完全に一致してエネルギーの流れに集中した状態があれば、もうそれは上級者レベルです」


そのレベルに到達した時に突然その人は自信に満ちて気の満ち満ちた美しい人に変わる。なぜなら自分の呼吸と身体を自分がコントロールできるという実感は自分の命そのものと強く結び付けてくれるからだ。もう何も恐れるものはない。容姿の美醜を超えたその美しい変化を目の当たりにすることこそがヨガを伝える仕事の醍醐味である。

「先生こんばんは!」
声を掛けれられて動揺した私は思わず彼女の肩に手を置いて口走った。
「貴女は大丈夫。貴女はもう自分で掴み取ったから!」
「え?」
「貴女はもう大丈夫」
半分微笑みながら半分意味が分からず困惑した表情で彼女は私を見た。
薄暮の街の灯火に照らされて彼女の瞳は一層キラキラと輝いていた。
いかん!そのキラキラの瞳を見ていたら思わず感動でこっちの目がウルウルしそうだ。あわてて「じゃあねー」と手を大きく振って、まだ困惑している彼女に背を向けて歩き出してしまった。

何の挨拶もなく突然教えることを辞めてしまったことを聞いたら生徒さんたちは怒るだろうか。思っていたほど良い人ではなかったとがっかりするだろうか。責任感のない奴だとあきれるだろうか。もっと伝えるべきことはあっただろうか。

でも彼女たちに私が何を教えたわけでもないのだ。彼女たちが元来持ち備えていたものに彼女たち自身が気付いただけの話なのだから。

You are your own teacher. 


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