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ショートショート「三角の爆発」

 三角は部下の四角が大嫌いだった。そいつは四角といってもただの四角ではない。■である。 
 一方三角は限りなく丸に近い三角だった。一層のこと丸になれればと思ったことも多々あったが成りきれず三角のままだった。
 三角が部下の四角を嫌いなのは四角だからではない。四角は苦手ではあったが、尖っていること自体が嫌いな訳ではなかった。三角のような人間が集まるよりは多少角張った奴がいた方が組織は活性化するからだ。「物申す」輩がいない組織など腐敗を生むだけで進歩がないことは三角のような平均点の典型であっても分かる。
 しかし職場にいる四角は別格だ。尖り方が普通と違う。物申すのは良いが、下らない出世や人事移動のことばかりで、どこそこの大学出が優先して昇進するとか派閥がどうのとか、自分はそのせいで不遇だとかそんな情報にばかりアンテナが鋭く、不平不満を周囲に常に漏らしている。よほど出世欲が強いと見える。そういう意識を全く持たない三角には到底理解不能だった。面白いことに出世欲が全くない三角はそれなりに昇進し、出世欲の強い四角は足踏みしていた。そのあたりも気に入らないのだろう。
 だが三角は丸に憧れる三角なので自分の部下でありながらこの四角をうまく御することができないでいた。それがまた三角を苛立たせるため余計に四角のことが嫌いだった。

 そんな三角でも爆発する。
 ある宴会の席でのことだ。その日はチームが担当していたプロジェクトが一段落して企画された飲み会だった。例の四角も含めてチーム全員が居酒屋に集まって楽しく飲んでいた。
 だがしかし、そういう場でも四角の■たる所以が発揮される。何組かに分かれたテーブルの一席にて大声で持論を展開していた。少し離れた別の席で世間話をしながら楽しく飲んでいた三角の耳にも当然奴のぼやきが入ってくる。丁度数日前に今後の昇進の目処となる人事評価があり、手応えが芳しくなかったのだろう。また前述したようにその手の情報には極めて鋭いので、会社の人事評価に対する不平不満を声を潜めることなく、いやむしろ全員に聞こえるようにあえて大声でぶちまけていた。
 当然場の空気が悪くなる。楽しく飲めるはずの酒がまずい。皆、聞こえないふりをして笑顔を作りながら談笑しているが、心なしか笑顔が引きつっている。
 ここで三角が爆発する。
「おんどりゃ、ええ加減にせんかい!」場は東京中目黒。生まれ育ちは関西なれど東京住まい十数年。関西弁など独り言以外で使ったことがないのに怒りで頭が沸騰した三角の口をついて出た第一声は思い切り関西弁だった。場が凍り付く。
「言いたいことがあるんやったら、表へ出んかい!」三角は四角のテーブルまでゆっくり歩いて行き、四角の胸ぐらをつかんで睨み付けた。四角が呆然とした、いや怯えた目で三角を見ていた。ちなみに四角は、口は達者だが身体は筋肉があるのかないのか不明なほど軟弱で、腕っ節に覚えがない三角でも一発叩けば殺せる蚊のような存在だった。もちろん殴らない。刑務所行きはごめんだ。三角が手を離すと四角は崩れ落ちるようにその場に座り込んだ。周囲の同僚や部下たちは唖然とした目で三角を見ている。天ぷらをくわえたままひっくり返っている女性もいた。店員も他の客も皆こちらを見ている。場の空気は最悪、興ざめも良いところだった。
 だが三角は心地よかった。実に清々しい気分を味わっていた。

 三角が▲になった瞬間である。

<注釈>
 ここに1メートル四方の正方形の箱があるとしよう。同じ大きさの正方形の箱をここに入れることはほぼ不可能だ。直径一メートルの正三角形ならどうだろう。正方形よりは何とかなりそうだがこれもなかなか難しそうだ。直径一メートルの丸ならどうか。なんとか入りそうである。丸は便利である。



 
 
 

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