「ある小説家の朝」~#青ブラ文学部 お題「感情の濃淡」
-ばれたのだろうか。昨晩から妻が口を聞かない。夕食時の妻の目は冷たく乾いていた。夕食後居間でテレビを見ている私を尻目にキッチンで黙ったまま洗い物をしていた。私が声を掛けようとするとさっさと自分の部屋に引き上げていった。今は朝食時だ。目の前にいる妻の表情は硬くこわばっている。何かを言いたいが絶対に言わない、そういう心の中が見て取れた。
ここまで書いて私は思った。妻の嫉妬の感情がもっと前面に出るように書いたほうが良いかもしれない。淡泊すぎる気がする。原因が浮気であることもはっきりさせよう。
-浮気がばれたのだろうか。昨晩から妻が一言も口を聞かない。夕食時も無言のまま冷たく乾いた目でわたしを睨み付けていた。食事が終わってテレビを見ている私を尻目にキッチンで洗い物をしていた。私が声を掛けようとすると背中を震わせながらさっさと自分の部屋に引き上げていった。今は朝食時だ。目の前にいる妻の顔は今にも噴火しそうな火山のように紅潮していた。何もかも私にぶちまけたいが耐えている、そういう心の中が見て取れた。
大分良くなった。明日の締め切りに間に合わせないといけないから急ごう。ただ、この妻の感情表現や行動は少し物足りない気がする。私の設定では、彼女は直情的かつ短絡的で、黙って耐え忍ぶ性格ではない。怒りをもっと前面に出そう。あと少し手直しが必要だ。
-浮気がばれたのだろうか。昨晩から妻が一言も口を聞かない上に皿を割ったり空き缶を辺り構わず投げたり、当たり散らしている。夕食時は燃えるように血走った目で私を睨み付けていた。余りの迫力に耐えきれず、そそくさと食事を終えて逃げるようにソファにへたりこんだ私を尻目にキッチンでキリキリと包丁を研ぎ始めた。怖くて声を掛ける気にもならない。妻の小刻みに震える背中から怒りの波動がほとばしり、近寄るだけで火傷しそうだったから私はそそくさと自分の書斎に引き上げた。今は朝食時だ。目の前にいる妻の顔は鬼の形相でまさに噴火寸前の火山だった。私は身の危険すら感じて昨晩同様パンをひとかじりすると二階の自分の書斎に引き上げた。
うむ、こんな感じだろう。ここからの筋書きは既にできているから明日の締め切りには間に合う。一休みするか。
椅子に深々と座り直し煙草を一本取りだしたところで、背後でドアの開く音がした。その瞬間、背筋が凍り付くような殺気を感じた。慌てて振り向いた眼前には、長い髪を振り乱し、研ぎ澄まされた包丁を両手で突き出すように構える妻が立っていた。怒りと憎悪に満ちた両眼は狂った太陽のように熱く燃えていた。
(了)
青ブラ文学部のお題に参加します。いつも企画ありがとうございます。
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