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短編「小さなものから大きなものへ」

 多くの物事は小さなものから大きなものへと変わる。大抵は本人や周囲の者も気づかない。米粒ほどの大きさのものがいつのまにか野球ボールほどの大きさになっていて、気がついたら一人では手に余る巨大な玉になっている。
 わずか二センチメートル足らずの煙草の吸い殻が原因で山火事が起きる。一言の暴言が波紋を呼び訴えられて裁判沙汰になる。歩道から一歩踏み外すだけで車に敷かれて死ぬ。そのような理不尽は世間の理である。
 逆に大きなものが小さくなることは滅多にない。ボヤのうちに消し止められれば楽だが、山火事になったら消火するのが極めて困難になるのは周知の事実だろう。

 ある秋の放課後のこと。制服姿の男子小学生二人組が校門を出て帰宅途中に何かを面白い遊びはないか考えていた。小学校の東は小さな公園になっていて、少年たちはブランコに乗りながら考えを巡らせていた。公園には少年たち以外に誰もおらず、小さな道路に沿った歩道も人通りがほとんどなかった。既に西日がさしており少年たちの影が公園の砂場に細長く映っていた。
「当てっこしようぜ」大柄で太った少年が言った。隣のブランコに乗っていた眼鏡をかけた小柄な少年が友達の顔を見る。「当てっこ?」
「そう当てっこ。この塀の向こうに百葉箱があるだろ?あれに石を当てたほうが勝ちだ」少年はブランコを降りて砂場近くの小さな石ころを拾って掌で転がしながら言った。
「でも塀で見えないよ」眼鏡の少年もブランコを降りた。
「だから面白いんだろ。塀を越えたあっちの方向に建ててあったはずだよ。当たったら音がするからわかるから」西の方角を指さしながら言った。
「太陽めがけて投げるんだね、面白いね」眼鏡の少年も小さな石ころを拾った。
「よしおれからだ。投げるぞ」大柄な少年は小学校の塀の向こうに小石を放り投げた。粘土色の逆光の中に石が消えていった。何も音がしない。
「空振りだね。こんどは僕の番」眼鏡の少年が投げる。やはり音がしない。
「どんどん投げるぞ」
 少年たちは、交互に石ころを小学校の塀越しに太陽めがけて石を投げ続けた。しかし百葉箱に当たった気配がない。
「もうちょっと大きな石にしよう」少年は公園を歩き回り掌に収まる程度の大きめの石を見つけると太陽に向かって投げた。当たらない。
 二人はどんどん石を投げ続けた。小さい石だと当たらないので、石は次第に大きくなっていった。だがなかなか当たらなかった。
 三十分ほど経ったろうか。太陽が沈む寸前、辺りが陰り始める頃、果物が潰れるような鈍い音がした。
「やっと当たった!ぼくの勝ちだ!」投げたばかりの大柄な少年が飛び上がって喜んだ。
「見てみようよ。本当に当たっているかどうか」眼鏡の少年が不満げに言う。
 二人は小学校の塀際に行った。だがコンクリート塀の上まで手が届かない。
「ぼくの背中に乗って」大柄な少年がしゃがみ込んで言った。
「うん」眼鏡の少年は友達の大きな背中に乗ると塀の端に手をかけた。「ちょっと持ち上げて」脚を支えたまま、大柄の少年が少し身体を起こすと、眼鏡の少年の頭がようやく塀を越えた。
「見えるか。百葉箱に当たってるだろ」土台になっている少年が早くしろと言わんばかりに声をかけた。眼鏡の少年は無言のまま小学校の校庭に見入っている。「眩しくて、見にくい」沈みゆく太陽が少年の視界の邪魔をする。「あっ」少年は叫んだ。
「何だよ」
「百葉箱の横に、ひ、人が倒れてる!」声が震えている。
「なんだって!」大柄の少年は蒼ざめた。投げた石が人に当たったのかも。だとしたら先生に怒られる。逃げなきゃ。「急いで逃げるぞ」
 急いで眼鏡の少年を下ろすと、二人は公園から歩道へ出て駆け足でその場を立ち去っていった。
 周囲の街灯が既に点灯しており、死にかけた太陽の光と混ざって辺りを赤錆色に染め上げていた。

 その晩遅くに少年の家族に小学校から電話があり、さらに警察から電話があった。少年の家族は子細を知った。
 <XX月○○日 K小学校の校庭で遺体が発見された。遺体は小学校の用務員の男性と判明。百葉箱の近くで倒れていた。死因は脳挫傷。周辺に大量の石が落ちていたが、その中に直径二十センチ近い大きな石が落ちており、被害者の血が付着していたことからその石が頭に当たったことが死因と断定>

 少年たちは夢中になっているうちにとんでもなく大きな石を投げていたのである。

 (了)


 
 


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