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忘れっぽい詩の神~#青ブラ文学部参加作品

 北国の小さな村に詩人を志す若者がいました。
 詩集を出せども出せども一冊たりとも売れないので、馬小屋に寝泊まりする貧しい暮らしの毎日でした。
 ある月夜の晩に若者は涙ながらに夜空に向かって祈りました。
「ああ、詩の神よ、願わくはわれに神品たる一編の詩をお授けください」
 詩の神は若者を不憫に思いこう答えました。
「それならば村のために働きなさい。村人のために尽くしなさい。そうすれば、万人の心を動かす一編の詩をそなたに授けよう」
 
 若者は翌日から村のために懸命に働き始めました。畑を耕し農作物を育て、井戸を掘り飲み水をくんで、貧しい村人たちに分け与えました。村人たちは感謝し、それまで馬小屋に寝泊まりしていた若者に小さな家の一室を貸し与えました。
 ただもちろんその程度では詩は降ってきません。若者もまだまだ足りないことを自覚していました。
 若者は、村の数少ない人手を集めて、森を切り開いて材木を集め、村の家屋を頑丈なものに建て替えるとともに、良質の材木を元手に近隣の村と行商を始めました。まずは牛を仕入れて牧場をつくり、鶏を仕入れて養鶏場を作りました。水路を作り近くの川から水をひきました。
 村は以前とは比較にならないほど立派になりました。村人は若者の目を見張る働きに感謝を越えて畏敬の念をこめ、「村長」と呼ぶようになりました。ただ、若者は既に若者と呼べる年代を過ぎており、壮年期の終わりにさしかかろうとしていました。
 月夜の晩に、村長は夜空に向かって語りかけました。
「ああ、詩の神よ。わたしは村のために尽くしました。まだ詩は授かれないのでしょうか。わたしの働きはまだ足りないのでしょうか」
 詩の神からの返事はありませんでした。村長はまだ自分の働きが足りないと認識し、さらに村の為に尽くしました。
 商工会議所を作り、近隣の村や町との行商を活発に行い、村をさらに発展させて、近隣だけでなく遠くの大きな町からも行商人が絶えず往来するようになって、村の人口も増え当初とは比べものにならないほど大きく立派な町に発展しました。村長は町長と呼ばれるようになり、近隣と町との併合話が持ち上がった際には、大きな町の町長として全員一致で選ばれて、誰もが認める町の功労者になりました。
 しかし歳月は流れ、町長は六〇歳を越えており、次第に病に伏せるようになっていきました。
 月夜の晩に、夜空に向かって語りかけました。
「ああ、詩の神よ。わたしは町のために尽くしました。町はこんなに大きくなりました。まだ詩は授かれないのでしょうか。わたしはもう長くはありません。詩人として死にたいのです。どうか一編の詩をわたしにお授けください」
 詩の神からの返事はありませんでした。町長は嘆きましたが、自分の力が足りなかったのだと思いました。しかしもはや彼は限界でした。
 数週間後、町長は病でこの世を去りました。町の誰もが悲しみ、涙を流しました。やがて、小さな村をこのような大きな町に発展させた町の創始者として町長の銅像が建ちました。毎日のように銅像には花束が添えられ、取り囲む噴水に反射する太陽光が銅像を神々しく照らしていました。
 さらに歳月が流れ、銅像に誰も見向きもしなくなり、噴水の水も枯れたころ、詩の神が目覚めてあくびをしながら銅像を目にすると呟きました。
「はて、どこかで見たような顔だ。こやつと何か約束をしたような気がするのだが。どうも最近忘れっぽくていかん」
 そしてくしゃみを一発するとぽんと手を叩きました。
「思い出した!詩を一編授けるのだった。うむ町は立派になっておるな。約束通り詩を授けよう」
 すると空から紙切れがひらひら舞い降りて、銅像の足下に落ちました。
「うん?なんだろう」たまたま薄汚れた銅像の側で腕組みをして考え事をしていた若者が落ちてきた紙切れを拾いました。そしてそこに書かれた一編の詩を読んで感嘆しました「素晴らしい!これこそぼくが待ち望んでいた詩だ!」
 そして若者は紙切れを大事に胸ポケットにしまうと意気揚々と銅像を後にしました。

(了)


本作は青ブラ文学部参加作品です。いつも企画ありがとうございます。


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