なにかに背中を押されている
赤ちゃんを死産してから4か月。
子宮筋腫の手術をして2か月が経った。
体調は悪くない。体力は落ちているが、1日活動できるくらいにはなってきた。
動きまわると内側からチクチク痛むときもあるが、内臓全開からの回復と思うとすごい。
この間いろいろな人に会ったり、再会して話を聞いたり、メッセージをもらったりした。
読書や日記、パン作りなどを始めて、自分の時間を意識するようになった。
以前より細かいことを気にしなくなったおかげで大分生きやすい。
チクチクした言葉にもやもや引っかかることがあっても、少し考えてみればそんな言葉では私を傷つけるに足らないと感じるようになった。
赤ちゃんを見送った経験が、親しい人たちとの大切な思い出としてあり続けているので、何があっても一番大切なものは守られているという安心感がある。
復職にいたるまで
最近復職することができた。
ブランクを感じさせないと言ってもらえることもあるが、周りから見える以上に、自分にとって復職のハードルは高かった。
赤ちゃんの心拍停止が判明してすぐは、街で子どもを見かけるだけで悔しい悲しい思いがこみ上げてきたので。子どもと関わるいまの仕事には戻れないかもしれないとも思っていた。
幸いちょうど最近、休みの期間に多くのの赤ちゃんや子どもたちの様子を目にしていて、「かわいい、はやく自分もまた関わりたい」と思えるようになってきていた。
職場の人にこの夏のことが伝わっているとはいえ、赤ちゃんは亡くなってしまったけれどこの経験に誇りを持っていることを、きちんと私の口から伝えたいという思いと、それが怖いという思いが交錯していた。
人間性を問われる仕事であり、この経験は私と切っても切り離せないので、赤ちゃんはもういないけれど何もなかったことにはならないのだということをどうしても理解してもらいたかった。
少しずつ、気持ちを口にし、聞いてもらえるような人間関係であろうとして、ようやくどんな風に伝えるか考えがまとまった。
これを口にしたときは反射で目が潤んだが、真剣に受け止めてもらえたと思ってとても安心した。
復職初日
通勤途中、坂道をのぼる足取りが、想像よりも軽かった。
むしろ、早く職場へたどり着きたいと言わんばかりに、ぐんぐん次の一歩が踏み出されるのを感じた。
ちょうどディズニーシーの海底二万マイルで、危機に瀕した潜水艦が謎の生物によって海面にすいすい押し上げられていく感じ。(記憶が昔すぎるがまだある?)
私を助ける謎の生物には心当たりがたくさんあった。
今日、窓辺で本を読んでいたら、活字に光線が当たったり陰ったりしてきらきら眩しかった。
振り返ると眩しくなくなり、本に戻るとまたきらきらしだし、振り返るとぴたりと止まった。
もうすぐ落ちる葉っぱがゆらゆら揺れていたようだ。私はだるまさんで遊んだような気がした。
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